Friday, December 31, 2010

街が卑猥になる季節






これはクリスマス・イヴの東京タワーなのだが……、うーん、何とも言えない。

どういう意図でこのような心臓マークなのだかよくわからないが、個人的には「さあ、九月、十月生まれの赤ん坊を世の中に増やそう!」と言っているようにしか見えなかった。

これでは完全に十八禁だ。もしも私が小さい子とこの東京タワーの前を通って「あれはどういう意味?」と訊かれたら、きっと返答に困ってしまうだろう。

最近のクリスマスは子どもに優しくないように思う。子どもにこそクリスマスは嬉しいものなのに。

もみの木の飾りやお菓子、ケンタッキーフライドチキンなどは子どもが大好きな物だ。それに何と言っても、子どもにとってクリスマスは冬休みとイコールなのだ。そして、正月が近いことを示している。正月といえばお年玉だ。一年で夏休みと並んで心躍る時期である。

クリスマスはクリスマスでプレゼントを貰える。子どもの場合、大人と違って自分からあげることは滅多にないから、どう考えても得しかしない。

だから私も以前はクリスマスが好きだった。お年玉と合わせた現金がプレゼントだったから、笑いが止まらなかった。

だが、大人になると何も貰えなくなるし、仮に貰えたとしても、同じ金額の物を返さないといけないから、結局は損得ゼロだ。いらない物を貰ってしまったら、むしろ損をしてしまう。

だから今は、クリスマスは楽しみでも何でもない。そればかりか、人出が多いから、一年で最も嫌な日になってしまった。

だが、カップルの観察はちょっと面白い。

彼らの生態を調査したくて、例のスカイプラネタリウムに行ってきたくらいだ。

あそこは、ある意味では期待以上だった。プラネタリウムとしては、びっくりするほど期待はずれだったが。

あそこに行けば、異性愛、同性愛、若者、中高年、不倫風、ありとあらゆるカップルを見る事ができる。

美術館のように、いくつかの部屋を歩いてまわる仕組みになっているのだが、最後の部屋は特に必見だ。

他の部屋よりも一段薄暗くて、座って休憩できるスペースがある、ただそれだけなのだが、そこにいるカップル達は、ただ座っているだけではない。

公衆の面前ではできない、過激なべたつきを見せてくれる。

私はハプニング・バーというものに行ったことがないのだが、また、行きたいとも思わないのだが、プラネタリウム最後の部屋を見ていると、きっとあのバーもこういう感じなのだな、という考えが頭を過った。

東京タワーにしろ、プラネタリウムにしろ、健全であってほしいものが年末はことごとく卑猥になる。

考えてみなくても、妙なものだ。

Monday, December 27, 2010

髪と毛皮



いいなあ。こういう髪型にしたい。

しかし、五年ぶりくらいに少し前髪を切ってしまったので、もう当分これと同じ髪型にはできないのだろう。

自分の顔に飽き飽きして、前髪でも作らなければやったられないと思っていたのに、作ったら作ったでもう後悔している。

それにしても、この写真みたいな髪型にしてみたい。

こういうドライな質感に憧れるのだ。

以前は、髪は長くて艶がなければ女じゃないと思っていた。だが、最近考え方が変わってきている。

あまりにもインパクトの強い髪は、それ単品、もしくは服を着ていない状態ならばいいのかもしれないが、あらゆる洋服に似合わないのである。

特に冬場は毛皮を着る。艶のある髪は、その毛皮と喧嘩をしてしまうのだ。決め決めのドレスアップならば、毛同士が喧嘩して張り合う感じがまたよかったりもするのだが、カジュアルに着こなしたいのなら髪は少々ぼさっとしていたほうがいい。

最近髪がいい具合に傷んできているので、去年よりは明らかに毛皮が似合うようになった。

いいんだが悪いんだか、よくわからない。

毛皮を脱ぐ季節になったら後悔するのかもしれない。つやつやの髪に憧れるようになるのかもしれない。

しかし、毛皮を着るためだったら多少の事は我慢しなくてはならないのだ。

外はとんでもなく寒いし、毛皮以外のコートは馬鹿みたいに高い。

毛皮のほうが高いんじゃ?とお思いになる方もいるかもしれないが、私が買う毛皮のコートはほぼ古着なのだ。安いもので三千円、高い物(ミンク)でも三万八千円くらいだ。新品の場合、この値段で、暖かくて、ゆったりしていて、好みのデザインのコートが買えるか?いや、まず無理である。

古着の毛皮を集め始めた一昨年から、私は冬が来るのがそれほど憂鬱ではなくなってきている。それまでは嫌でたまらなかったのだ。コート代にかかる出費のせいで、他の欲しい物をいくつも我慢しなくてはならないからだ。

この切実な悩みに比べると、少々髪が傷んだことくらい、どうってこともないように思えるのだ。

Friday, December 24, 2010

防寒マニア







大寒波直撃中のロンドン(と、アムステルダム)に備えて、防寒グッズをチェックするのが日課になっている。

大雪、吹雪、零下は当たり前だと覚悟し、これまで一度も足を踏み入れたことのない極寒の地をこの際楽しんでしまおうと思っている。まあ、楽しめない可能性のほうが高いだろうが。

とにかく、私は一度凝り始めると止まらない厄介な性格だ。キャンセル料を払ったほうがよっぽど安いであろう金額を、ここ数週間で防寒グッズにつぎ込んでいる。

ヒートテックインナー五枚、ヒートテック腹巻き三枚、ヒートテック毛糸のパンツに、ヒートテックレギンス、ヒートテックジーンズ、ヒートテック靴下三組、ヒートテックネックウォーマー、サウナスーツ、あったかパンスト、あったかタイツ、ブレスサーモインナー、ブレスサーモ極厚靴下、ブレスサーモショーツ、充電式カイロ四つ、タッチパネル対応手袋、よもぎ蒸しパット、保温中敷き、耳カバー、ターバン、塗るカイロ、小型魔法瓶、大量のカイロ、NASAが開発したと:いう、怪しげな防寒シート。

これらを駆使して、毎日のコーディネートを組むつもりだ。ヒートテックやブレスサーモを三枚は重ねた上にセーターを着て、レザーのジャケットを。さらにその上に毛皮のコートを着る。

ボトムだって、パンツの日は、まず、ブレスサーモショーツの上にヒートテックレギンス、そしてヒートテックジーンズ。靴下も保温効果のあるものしか選ばない。

ショートパンツの日は、ブレスサーモショーツの上にヒートテック毛糸のパンツ、あったかパンストを二枚重ねして、その上にあったかタイツ。そして最後にショートパンツ。

そして、いついかなる時でも、とにかくカイロをたくさん!!

極端な冷え性の私は、こうでもしなければとても耐えてなんかいけそうにないのだ。

今のうちから、どの組み合わせが一番暖かいか試行錯誤している。

気に入ったものは、ショップ正月休みに入る前に買い足さなくてはならない。

だが、これだけいろいろなものを用意すると、荷物が重量オーバーになってしまうのは、目に見えている。

荷物のウエイトチェッカーも買わなくてはならないだろう。

それから、機内持ち込みができる最大サイズのバッグも。

食事がまずいに決まっているから、ケトルと簡易食品も欠かすことはできない。

特に、『夜警』を観るほかはとことん不健全に過ごす予定だから、アムステルダムでは恐ろしく腹が減るに決まっている。ダイエット食品を忘れたら、せっかく写真をいっぱい撮ろうと思っているロンドンにて、みっともない姿をカメラにおさめることになるだろう(アムステルダムに行ってから、ロンドンに行く予定なのだ)。それはどうやっても避けたい。

いつものように、パジャマを捨ててくる、というわけにもいかない。今回はいらないジャージではなくて、買ったばかりのサウナスーツを持っていく予定だからだ。

帰りはまだいい。荷物が多くなっても、送ってしまえば問題ないのだから。だが、行きは困る。ホテルに送るのもどうも信用できない。格安のホテルだからだ。

そういうことも考えると、少しくらい奮発しても、安心してサービスを利用できそうな、在る程度のランクのホテルを選んでおけばよかった。

しかし、後悔したって始まらないだろう。

こうやってあれこれ考え、準備するのも旅行の楽しみの一つだ。

あとは、ちゃんと飛行機が飛んでくれるのを祈るばかりである。

Friday, December 17, 2010

グイド・モカフィコ

グイド・モカフィコというフォトグラファーの作品は、私の好みだ。

こういった肉の写真もいいが、


次のようなヘビの写真も素敵だ。どうやらこれらは有名なものらしいのだが。


ダイエット中のせいか(今のところ三キロの減量に成功している)、どれも美味しそうだ。それがいい。

ヘビなんて、まるで重箱のい入ったおせち料理のようだ。

とはいっても、私はおせち料理なんて大嫌いなのだが。

中身にあれほどのバリエーションがあるのに、きんとん、卵、昆布くらいしか食べられるものがないのだから。

しかもだ。私はおせちを詰めるアルバイトをしたことがるので知っているのだが、有名なメーカーのものでも、床に落ちた食べ物を平気で詰めるのだ。

あのアルバイトをして以来、ますますおせちがきらいになった。

「おせち」だなんて「お」をつけるなんて、あの料理にはもったいないと思う。おでんやおかきは美味しいから「お」をつけてもいいのだけれど。

正月は好物が少ない。雑煮もぜんざいも私には美味しさがわからない。

まあ、それはいいとして、とにかくグイド・モカフィコの写真は素敵です。

ロンドンかアムステルダムで展示会がやっていればいいのだが。

そううまくはいかないだろう。

Sunday, December 12, 2010

本日の


撮影会に参加してくださった方、寒い中本当にありがとうございました。差し入れもいろいろいただいてしまい、有り難い限りです。フレッシュな参加者も多く、爽やかな気持ちになりました。

またこういったイベントがある時は、このブログでも告知しますので、今回参加できなかった方も、よろしければまめにチェックしてみてください。





肉が好きだ、ホルモンが好きだ。





肉が好きだ。ホルモンが好きだ。こってりとした料理が大好きだ!

世間では、年と共にあっさり党になってくると言われているけれども、私は年々こってり好きになってきている。

幼稚園児の頃は、肉なんて食べられなかった。味の塩焼きが何よりの大好物で、干物なんか一日三食でもいけた。きっと当時の私は、そのあたりの猫よりずっと魚好きだったと思う。

だが、時が経つにつれて魚より肉のほうが断然好きになっていた。

焼き肉デビューはわりと遅く、確か十四歳の時だった。人生初のレバ刺しは、ひと月のうちに一週間必ず見なくてはならないものによく似ていて、はじめは噛むことも味わうこともできなかった。

それからしばらくして、レバ刺しを噛み締める素晴らしさを学び、肉も内臓もなんでも来い、と胸を張って言えるようになった。

今となっては、一ヶ月も焼き肉屋に行かないと、禁断症状が出る、面倒くさい体になってしまった。

出没する焼き肉屋、ホルモン焼き屋は数知れない。ざっと挙げても、おやじ、西日暮里ホルモン、芝浦、こそっと、わ、鯉登り、亀戸ホルモン、ジャンボ、牛の蔵、じゅあん、韓寿苑、幸永、三百屋、あじくら、などなど。

巷で美味しいと言われている店を全制覇するのが野望だ。

これだけ焼き肉、ホルモンが好きだと、自然と奉行になってくる。

あれらは焼き方次第で最高にも最低にもなるのだから、ただ焼くだけだからといって、気を抜く事は許されない。

店によっては、親切な店員さんが焼いてくれたり、美味しい焼き方を教えてくれたりする。毎回店の人任せにすれば、いつも最高の味を楽しめるのだろう。

だが、美味しいところはやはりそれなりの人気店。店員が付きっきりで面倒をみてくれるとも限らない。私の行くような店は高級店ではないのだから。

そこで、いかにプロの技を目で盗めるかが非常に重要になってくるのだ。これは、某ホルモン焼き屋の大将の有り難いお言葉である。

私は焼き肉修行の中で、全身全霊をかけて技を盗んできた。そのかいあって、ホルモンに関しては、まあそれなりの腕になってきた。だが、神様というのはいつだって不公平で、生まれつき焼きの勘が素晴らしい、天才焼き師も、時々存在するのだ。そういう人は、努力なしに信じられないほどうまく焼いてみせるのだ。少し悔しい気もしないでもないが、そういう人間が焼き肉仲間にいると、苦労しなくて済むのにな、といつも思う。

焼き肉屋ではいつも苦労させられるのだ。

私も人のことなんか言えないかもしれないが、下手な奴に限って焼きたがるのだ。

それも、人のペースも考えないで網にのせ、中途半端な生肉や、焼き過ぎの硬い肉を、塩で食べるべきものまでタレの上にばんばん置いてきたりするのだ。

そして、そういう奴はたいてい、焼いている最中にしょっちゅう裏返すものだから、大切な肉汁がほとんど網の下に滴り落ちてしまうのだ。そして、そんなことはいっこうにおかまいなし、という様子なのだ。

気をつかって網にのせるのはいい。そこまでならいい。

だが、プロ級の腕を持っていない場合、その後は各自のペースに合わせてほしい。

それぞれに好みの焼き加減があるということくらい、わからないこともないだろう。

なんだかんだ愚痴ってしまったが、私は焼き肉のことならそれだけ熱くなれるのだ。

まったく、単純なようでいて、奥の深い食べ物だ。

Friday, December 10, 2010

ランナーズ・ハイ

おそらく私は、生まれて初めてランナーズ・ハイの状態でパソコンに向かっている。たった今まで、約三十分間程度、軽く走っていたのだ。

別に健康に気を使って走ったのではない。単純に痩せたかったのだ。

そして今夜はどうしてもまんじゅうを食べたかった。食べた分は走って消費するしかなかった。

運動だったら走る以外のこともいくらでもある。

だが、私はどうしても運動が嫌いだ。そもそも体を動かすのがあまり好きではないうえ、ルールをおぼえるのが億劫だし、そのために他人と過ごすことを考えると吐き気がする。

ストレス解消の為に運動をする人に聞きたい。だったらなぜみんなでできるものを選ぶのか?と。一人でいてもストレスは溜まらない。他人といてこそ溜まるものではないか。

一人で気軽にできる運動といったら、走る、筋トレ、自転車、縄跳びくらいしか思いつかない。水泳も一人でできないわけではないが、それは自宅にプールのある人に限った話だ。庶民はジムなどに通わなくてはならない。そして、ジムには絶対に誰かしらいる。

筋トレも、いいマシンを使おうと思ったらジムに行かなくてはならない。

自転車は太ももに筋肉がつく。それは私好みの女性の体型ではない。

となると、残されたのは走ることと縄跳びだけなのだが、縄跳びはけっこうむずかしいので、運動神経の極めて悪い私には向いていない。とちゅうで足がもつれ、すっ転ぶはめになるのは、目に見えている。

その点、走るだけなら勝手に、気軽に、技術もいらずにできるからいい。

しかし私は、外に出て走ることをあまり好まない。やはり人間に会いたくないし、空気だってそれほどいいとは思えない。交通事故や通り魔も心配だ。そして何より寒い。

だが、できる運動と言ったら走るくらいしかない。

そんなわけで私はルームランナーを買った。これが届いたものだから、さっそく走っているのだ。まんじゅうを食べてしまったが、運動をした今日は、さほど罪悪感がない。

今まで知らなかったが、走るのってけっこう気持ちいい。さんざん聞かされてきたことだが、まさか、この私がこんな風に感じるとは思ってもみなかった。

初めの五分は横腹が痛くて、喉も渇いて、「こんなもの買わなきゃよかった」と激しく後悔したのだが、それからしばらくして、好みの音楽が流れ出すと、やたら楽しくなってきたからびっくりした。

今日の私は、いろいろと細かいことが重なって、すごくいらいらしていたのだが、走っていると、そんなことはどうでもよくなってしまった。

そういえば、座禅を組んだ時、山に登った時にも、似た感覚を味わった。

無心になれたのだろうな。

身近なところだと、カラオケでも同じような感覚を味わえる。

特に、くだらないことをくどくど考えてしまう性分の人間には、こういう時間が本当に大切なんだと思う。

いや、だけど、やってみてびっくりだなあ。ルームランナー。

私はこれまで、マラソンをする人なんて大嫌いだった。しかもここのところ、走る事がなんだかお洒落とされていて、「ウエアに凝りましょう」とか「ここのコースがパワーチャージできる」みたいな特集がファッション誌などでも組まれていて、しゃらくせえ、と鼻で笑っていたというのに。このままでははまってしまいそうだ。

もっとも、今だって、皇居の周りやセントラル・パークのマラソンランナーなんかを好きになる気はないし、ホノルルマラソンに参加する気だってない。

お洒落なウエアなんてものとは無縁の、お座敷ランナーとして一生を終えるつもりでいる。

まあ、今の所はな。

Tuesday, December 7, 2010

雷鳥を食べる

今回のブログには、見る人によっては不愉快な写真を含みます。心優しい方はここで閉じるようお願い申し上げます。悪趣味な方のみご覧ください。






雷鳥を食べに行った。もちろん、国産の物は天然記念物で食べることなどできないので、今回私が食べたのは、外国から輸入された雷鳥だ。

はじめは、ただの鳥だろう、とあなどっていた。さぞ淡白な味なのだろう、と思っていた。

お店の方は親切にも、調理前の雷鳥を見せてくださった。これが、やわらかくて可愛いのなんのって。だが、いくらこれを見せられたところで「ただの鳥だろう」という考えに変わりはなかった。


頭部のカラフルさは生前の姿を思い描く手助けになってくれるが、この鳥肌感がなんとも普通の鳥である。鳥を食べるのはごく当たり前の事。だから実感がわかなかった。

フレンチの洗練されたメニューを数皿味わった後、ついにメインディッシュが登場した。


可愛い雷鳥は変わり果てた姿に……。

ソテーした肉の周りには、フォアグラにかかっているようなソースがたっぷり。それから、内臓のソーセージ。

姿焼きで来るのを想像していたので、いささか拍子抜けである。これならばわけなく食べられるだろう。そう思っていた矢先――

空調に乗って、得も言われぬ香りが漂ってくるではないか。同じテーブルに着いている誰もがそのことを話し始めている。

臭い!なんて臭いのだろう!これが雷鳥の臭いなのか!

全員が度肝を抜かれてしまい、なかなか口に入れることができなかった。恐る恐る近づき、もっとよく臭いを嗅いでみる。すると、肉も十分臭いが、内臓でできたソーセージときたらもう!


私はまれに見る卑怯者だから、誰かが(できればみんなが)食べてみて、無事だとわかるまで絶対に得体の知れぬものを口に入れたりはしない。今回も七人中ほぼ最後に味わってみた。

感想は……最高に野性的なお味だった!

噛み締めれば噛み締めるほど、口中を満たす獣っぽい風味。信じられない。鳥じゃなかったのか?ハイエナでも味わっている気分だ。

肉でもそれだけすごいのだから、ソーセージのインパクトはもう、大変だった。

何とも言えない食感、肥料みたいな臭い、苦み。私は大便を食べたことなどないが、きっとこんな味がするんだろうと確信した。

さすがに二口でギブアップだ。

一緒にいた真性マゾの友人は、周囲から無理矢理食べさせられる感じがたまらなかったらしく、嫌がりながらも積極的に食べていた。

彼女の反応を見る事が出来ただけでも、雷鳥を食べに行ったかいがある。

みんな、なんだかんだ言っておきながら、こんなにきれいに完食しました。


今回の経験で、私はまた一つ大人になった。

ああ美味しかった、また食べたい、とは決していえない料理だったが、心の底から食べに行ってよかった、と思った。

あんなにも多くのことを学べたのだから。

まず、珍しいからといって美味しいわけではないという当たり前の事を、今更ながら強く実感した。

見た目の可愛らしいものは淡白な味に決まっている、そんな固定概念も見事に払拭させられた。

そして、やっぱり私は東洋人なんだということ。

思い切り和風だとか、徹底的に臭いを抜いて、スパイシーに仕上げるとか、そんな風に調理してくれていたら、こんな思いはせずに食べられたかもしれない。

しかしそこであえて、あまり日本人の口には合わないであろうフルーツのソースでで仕上げ、なめてかかっていた私を戒めてくれたフランス帰りのシェフに敬意を示したい。

フランスに行った時は、それほど文化の違いを感じなかった。むしろ、日本よりフランスのほうが性に合うと思ったくらいだ。食べ物も思っていたよりずっと美味しかった。

だが、今回日本にいながらフランスの奥深さを見せつけられた気がする。

それからもう一つ。

この雷鳥料理はものすごく赤ワインに合うということもわかった。

ワインなしでは臭くてたまらなかったものが、ワインで流し込んだら、初体験の美味しさの扉が開いた。


これまで、ある特定のワインを美味しいと思ったことなら何度かあるのだが、食事と組み合わせて美味しいと思ったのは初めてだった。私がいいレストランで食べるようなフランス料理を苦手な理由がわかった。ワインなしでは味気ないからだ。

もっとアルコールに強かったら、この雷鳥料理も美味しく楽しめたろう。そうと思うと、下戸の自分が情けない。


なにはともあれ、本当に雷鳥を食べてよかった。しなくてもいい経験をするのって大切なことだ。


Friday, December 3, 2010

ヤドカリ

 

けっこう前に、癒し系なんて言葉が流行ったが、今日はまさしくそんなものに出会えた。

透明の、洒落た宿を持ったヤドカリ!!

なんという愛らしさだろう!こんな生き物が家にいたら辛い毎日も難なく乗り切れるに違いない。

飼いたい、飼いたい、飼いたい飼いたい。だがもしもこれを買うことになったら、今度の旅行では何も買えなくなってしまう。いや、そもそも売ってなどもらえないかもしれない。買えたとしても、きっとすごく高いのだろう。

だってこれ、アート作品なのだから。

そういうわけだから、実物ではなく、動画や写真で作品として観ただけなのだが、ここ最近では五本の指に入るくらいのインパクトがあった。

特に今はダイエットをしているから、こういう美味しそうな作品に弱いのだ(失礼な言い方ですみません)。先ほども国立現代美術館に行ってきたのだが、もう何を観ても美味しそうでたまらなかった。

話は戻るが、このヤドカリ君の作者は、AKI INOMATA

という女性らしい。

私もかなり興奮した彼女の個展が、清澄白河のAI KOWADA GALLERYで開催されている。






実際はこの画像以外の宿もあるのだが、作品を写真に撮る勇気がなかったので、元々ネット上にあった画像しか載せられなくて非常に残念だ。

個人的には城を象った宿が好きだった。

これはもう一度観に行きたい。

やっぱり清澄白河は最高だ。それについては今度熱く語るとする。


Wednesday, December 1, 2010

LANVIN FOR H&Mを着て、ちょっとしたパーティーへ?


少し前のことになるが、LANVIN FOR H&Mのコレクションが発売された。私はドレスとファーコートを手に入れた。

ちょうど新しいパーティードレスが欲しいと思っていたのだ。

噂通りきれいなドレスだ。値段はH&Mとしたら高めで、二万円くらいのものが多かったのだが、ドレスなんてたいていそれくらいはするのだから、妥当なところなんじゃないかと思う。なんだかいろいろなノベルティも付いてきた。そういうものが好きな方にはいいのではないだろうか。

発売初日の店内は、これを買い求める人たちで、危険なくらい混み合っていた。人混みも、女性ばかりならば漂う匂いが人工的だからまだ耐えられる。

彼女たちはきっと、戦利品を着て、様々な集まりに出席するのだろう。

俗に言う、「ちょっとしたパーティー」だ。

普段はあまり活躍しなさそうな服を売りつけようとする時、大概の店員は「ちょっとしたパーティーにも着ていけますよ」と言う。

これについて突っ込む人がとても多いのはわかっているが、あえて私も言わせてもらいたい。

一体それはどのようなパーティーなのか?と。

忘年会、結婚式の二次会、誕生日会。そういったものだというのは、容易に想像できる。しかし、そんなものではつまらない。

もっとこう、海外ドラマに出てくるようなパーティーであってほしい。

何も、LANVIN FOR H&Mの商品を買った人たちが、実際にそういうパーティーに顔を出している必要はない。ただ、彼女たちが憧れてくれてさえいればいいのだ。いつかそういう場所に顔を出すことに。

だが、現実は厳しい、ということになっていてほしい。

都会的な場所での婚約祝いにも、画廊のオープニングにも行く予定がないものだから、せめて友人同士でいいホテルのいいレストランで食事会でもしよう、と計画していてほしい。

いわゆる、「セレブ会」というやつだ。少し前の言い方をするならば。

そこでは、嫁に行き遅れたことを自慢げに話してもらいたい。

それを私は陰からこっそり見物していたいのだ。

合同コンパで王様ゲームをする学生も、やはり同じように陰から見てみたい。

他人が想像通りの行動をとってくれるのって、身震いするほど気持ちがいい。だが、そんな人には滅多なことじゃお目にかかれない。こんなにも興味を持っているのに。

誰か合コンやセレブ会をする時は、ツイッターでもどこでもいいから告知してください。

見に行きますので。

できれば目当ての子の飲み物に目薬を入れるところも見せてください。これに関しては、有料でも一向に構いませんので。



ああ、今日はなんだかめちゃくちゃな展開だったな。ダイエット中で、昨日からほとんど何も食べていないから、ということにしておいてください。






Tuesday, November 30, 2010

着る毛布



テレビ通販に洗脳されて、着る毛布を買ってみた。

だって、これさえあれば、読書や勉強がはかどり、代謝が良くなるおかげで綺麗になり、電気代の節約になり、おまけに家族との絆まで深まるとさかんに喧伝していたのだもの。
¥4,980で人生が豊かになるのなら安いものである。

幸せへのチケットは、到着するまでに一週間近くかかった。通販にしては遅いほうだ。注文したことなどすっかり忘れていてたものだから、届いた時にはProenza Schouler のバッグか、Cheap Mondayのボトムスだと思って、浮かれ気分で明日のコーディネートを考えてしまった。着る毛布だったとわかった時は、正直ちょっとがっかりした。

熱は冷めてしまっていたが、一応着てみることにした。

もっと分厚いものを想像していたのだが、実際はぺらっぺらだ。薄さといい、触り心地といい、まさに飛行機で貸してくれるブランケットそのもの。ただ、着ることができるというだけで。

どんな体型の人にも合うためなのだろうか、袖と袖の間の距離がやたらとあいている。そのせいで、余った布が首のところでたるんでしまい、風を通すのなんのって。首元に関して言えば、パジャマを二枚重ね着したほうがよっぽど暖かい。

背中にボタンも何もないから、後ろ側だけスースーするのも気に入らない。まさしくびんぼっちゃまだ。もしもこれを着ている時にたまたま誰かが家に入ってきたら、あるいは、着ている時に地震があって、そのまま外に逃げ出したら、とりあえず「落ちぶれてすまん」と言っておくだろう。

足を入れるポケットのようなものがついていて、それは確かに暖かい。だが、移動するときにいちいち足を出さなくてはならないのが面倒だ。

丈もやたらと長く、歩く時に邪魔で仕方ない。届いて数時間で何度転びそうになったことだろう。

なんだか文句ばかり言ってしまった。確かにこれを着ていることで不便に感じる点は多い。しかし、それらを補うほどの、いや、それ以上に素晴らしい点もあるのだ。

着る毛布というやつは、座っている分にはそれほど優れたものではない。この際それははっきり言っておこう。だが、寝転がっている時、それも、布団の中で本を読んでいる時には絶大な効果を発揮するのだ。

ベッドの上で、本を読むこと。これは私の人生でもっとも幸せな時間の一つである。しかし、冬場は布団から出た腕や胸元が寒かった。冷たい外の空気が布団の中に入ってくるのも不快だった。だからといって、厚着をすると窮屈で、リラックスすることができない。何かいい方法はないものかと思っていた。

この時間をより快適にすることができれば、人生勝ったも同然だ。そして、着る毛布を手に入れたことによって、私は勝者になったのである。

テレビ通販なんて大げさだと思っていた。しかし、一概にそうとも言い切れないようだ。

欲を言えば、これを飛行機で貸してくれたらどんなにいいだろうかと思う。二回も三回も「May I have a blanket ?」と言うのでは骨が折れる。その発音ばかりよくなったってあまり意味が無いではないか。

好みすぎてやってられない。

 
 



DIESELのホーム・コレクションがえらく好みだ。いちいち凝っていて素敵だ。好みすぎて、ただ見ているだけで、誇張でなく本当に涎が湧き出てきた。もしも私が部屋にこだわる人種だったらいくらでも欲しいわよ。


だが、残念ながら、コードだらけの我が家をかっこよく見せるのも(私のやりたいようにかっこよくみせるのは)難しい。こんないいものがあったって不釣り合いなだけだ。


こういう時、貢ぐ相手のいる人は幸せだと思う。自分には似合わないけれど欲しくて仕方ないものって確実にあるもの。


誰かの誕生日祝いはここの物で決まりだな。はたしてこういった趣味の知人がいるかが問題だが。


DIESELのギャラリーもそういえば行ったことがないので近日中に出かけてみるか。


ショップにホーム・コレクションが売っていたら衝動買いしてしまいそうで怖いな。


もーう、気が変になりそうなくらい好みなんだよなあ。