Tuesday, July 20, 2010

グレートネックに行ってみたものの





 ステーキを食べるだけのために行ったグレートネックだったが、私はすぐに郊外のあの小さな町に夢中になってしまった。

ペン・ステーションからポートワシントン行きのロング・アイランド鉄道で三十分弱。グレートネックへはごく簡単に行ける。

調べたところによると、ユダヤ系の多いこの町だが日本人駐在員も少なくはないらしく、駅では見るからに日本人のビジネスマンの姿を見かけた。

ニューヨークに来てから初めて見る、観光客以外のはっきりそれとわかる日本人だ。お洒落でもなんでもない中年男性だった。別に積極的にニューヨーク生活を送っているのではないような空気が漂っていた。つまり彼は全然見た目麗しくもなく、どりらかといえばつまらなそうにしていたのだが、それでも私にグレートネックを親しみやすい町さと洗脳させるには十分だった。

駅の佇まいからして、どこか原宿駅風で懐かしさをおぼえた。駅前はいい具合にださくて、成城学園前程度に庶民的だった。

古そうなレストラン、おばさん向けの衣料品店、なんだかよくわからない雑貨屋、どぎつい色合いのケーキ屋。商店街と言っていいだろう。そうそう、寿司屋もあったな。

私は日本でも商店街のない街には住めないと考えているので、グレートネックは「住みたい場所」の条件を満たしていた。

アッパー・ウエストサイドも、アッパー・イーストサイドも、ブルックリンも、街としては本当に気に入った。また行きたい。何度でも行きたい。

が、住むとなるとどうもリアリティがないのだ。

滞在するにはいい。しかし住むには何でもありすぎる。

グレートネックは「ここに住んだらどうしよう」とリアルに妄想ができる貴重な町だ。

絶対に免許は取って、図書館に通って、たまにあまり美味しくないであろう寿司を食べて、自転車で海を見に行くんだ。

まあとにかく、グレートネック駅に降り立ったわけだが、驚いたことにイエロー・キャブが一台もいない。ニューヨークならどこに行ってもタクシーは黄色いだろう、と思っていたので少々びびった。

ぼられることを覚悟で白タクに乗って、ピータールーガーの住所を告げた。

十分弱走って、だいたい七ドルだとか八ドルくらいで目当ての店についた。愛想のいい女性運転手はぼったくりではなかった。



ニューヨークのステーキハウスに女一人でなんて行くもんじゃない。とても食べられない量を出されるうえに、嫌な顔をされる。

そんな風に聞いていたものだがら、あの感じの良さにはびっくりするどころか、ちょっぴり拍子抜けしたくらいだった。

たいていの日本のレストランよりずっと気持ちのいい接客をしてくれるし、店内もきれい。平日の昼間だというのに年配のご夫婦なんかで店内はそれなりに活気があった。

とんでもなく大きいものが出てくると思ったが、それも大間違いで、小さめのステーキだってちゃんとあった。



そしてその味といったら!

ぱっと見はこげているようにも見えたが、そう見えるだけで、いわゆる「外はこんがり、中はジューシー」というやつで、なんと説明すればいいんだろう?焼いてある部分に味付けもされていて、単に焼いているからだけではなくて、調味料がまぶしてあるからそれで面白い歯ごたえがあるというか。

その歯ごたえは今まで食べた牛肉にはなかったから、最上の鶏肉を思わせた。焼いた鶏肉の旨味というのは皮の部分のぱりっとした香ばしさが決めてだと思うのだが、その旨味がピータールーガーのステーキにはあるのだ。

牛肉だから皮なんてついていない。しかし、焼き方と調味料のまぶし方で、あたかも香ばしい皮が一枚ついているかのような食感になるのだ。

外がぱりっとしているから、内側を噛み締めた時の柔らかさ、みずみずしさが一層際立つというわけ。

ウエイターのいい人っぷりも相当なもので、焼き加減は大丈夫ですか?量は多くないですか?と何度も声をかけてくれたのが印象的だ。

上機嫌でピータールーガーを後にした私だが、せっかくフラッパーにこれだけ凝っている今、ウエスト・エッグのモデルとなったグレート・ネックにいるのだから、海の向こうのイースト・エッグ、つまりポートワシントンを眺めないと帰れないと思い、海沿いにあるステッピング・ストーンズ・パークまでタクシーを飛ばした。


「ああデイジー、あんな男とは早く別れてくれ」なんて心の中で思いながら、私は成金実業家になりきって向こう側を眺めた。宝塚の男役にでもなった気分だった。


周りには家も多くて、それらをぶらぶら見て回ったりもした。


こんな風に海が見える家というのもいくつかあったわけなのだが、どうも豪邸らしい豪邸が見当たらない。

いかにも海の近くの家という感じで素敵は素敵なのだが、これじゃあイメージと違う。

1920年代と今ではずいぶん変わってしまったんだろう、と思いながら、グレートネックを後にしたのだが、ホテルに戻ってみて私は重大な間違いを犯していた事に気がついた。

私が見ていたのはポートワシントンではなく、シティー島、ハート島、もしくはブロンクスの辺りだったのだ!

ギャツビーがデイジーと上流階級への憧れを抱きつつ、夜な夜な向こう側を眺めていたのはあの辺りではなかった。これで公園の周りにあったあまり高級そうでない家のことも説明がつく。小説の舞台となった高級住宅地はあの辺りではなかったのだ。

よくよく調べてみると、「ギャツビー・レーン」なる道がある。こっちに行かなくてはだめだったんだ。


何が男役気分だ!フラッパーだ!

こんな初歩的なミスを犯すなんて最低だ!

せっかくニューヨークにいるのだ。明日もまだニューヨークにいるのだ。

翌日も私がロングアイランド鉄道ポートアイランド行き列車に乗ったことは言うまでもない。

3 comments:

  1. 杏里さん、おはようございま~す。
    本当にニューヨークでは色々と楽しんだようですね。
    しかし、杏里さんの文章を読んでたら・・・
    早朝から、肉好きの自分はステーキ食べたくなりました。(笑)
    それにしても、文章から見ると・・・
    今回は、一人旅だったのですかぁ~???
    だったとしたら、杏里さん凄~い。
    チャレンジ精神に感服って感じです。

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  2. ギャッツビー・レーン というところがあるんですね!
    初めて知りました。。
    小説も映画も好きです^^!
    次回の日記では ついに辿り着くのでしょうか!?

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