Monday, July 26, 2010

グレートネック2 象のいる庭


キングスポイントの公園で私が見ていたのは、イースト・エッグのモデルとなったポートワシントンではなかった。

ものすごく悔しかった。何が何でもイースト・エッグから対岸のウエスト・エッグを見たかった。グーグルアースではだめだった。この目で見なくてはだめだった。

そんなわけで私は翌日も昨日と同じ駅に「通勤」した。

小説の舞台を訪ねたい——そんなものは言い訳にすぎないのかもしれない。私はすっかりグレートネックが気に入ってしまったのだ。

目当てはこの「ギャツビーレーン」の先、地図にはない場所だ。


タクシーから見える景色は、途中までは昨日と同じだったが、ある場所からはまったく違っていた。建ち並ぶ家々は昨日見たような「海辺の家」ではない。絵に描いたような豪邸がわんさかある、いわゆる高級住宅地。期待に胸が高鳴った。

しばらくすると目的地に着いた。しかし、ギャツビーレーンのその先は完全に私有地で、勝手に入ることは許されなかった。

庭の向こうに海があるのはなんとなく見える。だが、対岸のポートワシントンまでは視界に入らない。

「ああ、もう、なんで見えないのさ!」私はいきり立った。「せっかくここまできたのに!」

この場面には見覚えがある。なんだっただろう?

そうだ、まる子だ。彼女は『私の好きな歌』でイラストレーターのお姉さんの結婚式を、わざわざ腹痛を装い学校を抜け出してまで見に来たのに、結婚式場には招待客以外入れなかったのだ。

しかし彼女は諦めなかった。ジャングルジムによじ上り、ついにお姉さんを見つけたのだ。

「そんな都合いいことがあるもんか」と思っていた。グレートネックでもそう思った。しかしそれから数秒後、人生というのは、時にフィクション以上に都合のいいものなのだと思い知らされることとなった。

その豪邸の脇には、細い空き地があったのだ。今考えるとあれもまた私有地だったのかもしれない。だとしたら私は最低の掟破りだ。しかしあの時は天から幸運が降って湧いたとしか思えなかった。

生い茂る木をかき分けて、夢中で空き地に入っていった。

そこで見たのがこんな景色だ。





ほぼ想像通りだった。本当を言えば、もっともっと豪華な豪邸だったら申し分なかったのだが、そんなことは言っていられない。これで十分だ。わざわざ来たかいがあったよ。

対岸にどんな豪邸があるのかまではわからなかったが、


だからこそ余計に想像をかき立てられた。

帰りに、今回私が二日も続けてグレートネックまで来させられる原因となった物語の生みの親、スコット・フッツジェラルドがかつて住んだと言われている(そう誰かのブログで読んだのだ)住所に寄ってみた。




どうやらここらしい。だが、どうもよくわからなかった。証拠もゆかりのものも何一つないし、辺りを見渡してみてもあまり華々しい場所とはいえない。

それらしい家はない。チェルシー・ホテルに続くがっかりだ。

と、思った矢先、変わったものが視界に飛び込んできた。




ごく普通の家の庭先に、なぜか象が……。

もちろん偽物だが、それにしてもリアルな象だ。ところどころ色が剥がれかけてきてはいるが、以前はさぞ本物らしい象だったことだろう。

しかし何のために?

しばし立ち止まって考え、ある一つの結論にたどり着いた。

初めは普通の、つまり象なんかない家だったに違いない。だが、有名作家が住んだと言われている住所だから、世界中から私のような観光客がここに訪れたではないだろうか。その度に彼らは「なんだか普通すぎてがっかりした」などとこぼしていったことだろう。

家主は悔しかっただろうに!せっかく建てた家を見ず知らずの他人に「がっかりした」と言われるなんて私には耐えられない。

そこで彼は観光客の度肝を抜くような、ちょっとした悪戯を考えついた。

ごく普通の家だからできる悪戯だ。すごい豪邸や公園だったら、私だって象があってもこれほど驚きはしなかった。

この家主、なかなかやるよなと思う。センスのある人だ。観光客をがっかりさせないサービス精神のある人だ。

まあ、なにもかも私の勝手な憶測に過ぎない。が、私にはそう思えてならないのだ。

いずれにしても珍しいものを見る事ができてよかったと思う。フィッツジェラルドの記念碑なんかがあるよりずっと面白かった。

グレートネックはいいところです。皆さんもニューヨークに行く際はぜひとも訪れてくださいな。




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