Monday, March 29, 2010

動機

これはあくまでも、私個人の勝手な予想だが、高いところから飛び降りて悲惨な目に遭う人の中には、別に死にたいから飛び降りるのではない方々も、多数いらっしゃるのではないかと思う。

薬物中毒の方なんかも、「このまま飛べそうだったから」などと言っているのをよく聞く。まあ、それも場合によってはわからないこともない。だが、もっと単純な理由で飛び降りる人も多いのではないかと思う。

つまり、目が疲れていたり、寝不足だったりなんかすると、高い場所から下を見下ろしても、そう距離があるようには見えないのだ。

たとえばそれが展望台で、周りに人が大勢いる場合だったなら、また違ってくるのかもしれないが、ほとんど人気のない場所で下を見下ろしていると、あらゆる現実感が消えうせ、まるで一枚の絵でも見ているような気分になる。

その絵は、たとえ数十メートル下にあったとしても、数メートル、十センチのところにあるように見えるのだ。ちょうど、満月が手を伸ばせば届きそうに見えるのと同じように。

普段ならそうでもないのだが、疲れているなどの特定の条件下にある場合、手の届きそうなその絵がとてつもなく綺麗なものに見えるのだ。しかも、それは柔らかくて、弾力があって、たいそう触り心地が良さそうな気がする。

そんな時私は、痴漢じゃないけれど、つい、触ってみたくなってしまうのだ。

わざわざ触ってみることもないのかもしれない。しかし触ってみたら、これまで味わったことのないめくるめく歓喜の世界を目の当たりにするような予感がどこからともなく湧きあがってくるのだ。そして、それは簡単に止められるような衝動ではない。

もう一度言おう。

死にたいわけではない。飛べそうに思うわけでもない。ただ、美しいものに触れてみたいという素直な好奇心から、この身を乗りだし、眼下に広がる世界に飛び込んで行きたいと思うのだ。
先にも言ったように、衝動の強さは体調や気分によっても違う。が、先日はいよいよやばかった。
本当に綺麗な絵に見えた。思わずシャッターを押したが、今見ると別にどうってことなかった。これがその写真だ。

なんでこんな風景を綺麗だなんて思ったのか、自分でもわからない。
友人と一緒で本当に良かった。もしも一人だったら、私はあっちの世界へ乗り出していったかもしれない。


Saturday, March 27, 2010

岡本太郎記念館


今日は本当に写真ばっかりです。もっと写真満載のブログにしようというのが今年の抱負なもので。
私が他に書いている文章だけのものと、差別化をはかりたいのだ。

そして、写真満載ブログにするために、とりあえず岡本太郎記念館に行ってきた。
前知識を一切仕入れないまま観に行ったので、よくわからないといえばよくわからなかった。

だが、岡本太郎さんがどれだけ個性的な人間なのはか、夢に出てきそうなほどよくわかった。

ほらね。こんな風に服を着こなす人が個性的でないのなら、いったい他にどういう人を個性的だと言えばいいのだろう。


この写真はちょっと超能力者っぽい。そういえばユリ・ゲラーって今は何をやっているんだろう?
ご本人の蝋人形なんかもある。気のせいかこれは政治家のようだ。

記念館には絵から写真、オブジェまで、実にいろいろな作品が展示されてあった。一緒に行った人は、オブジェの一部がエヴァンゲリオンに出てきそうだと言っていた。私はエヴァンゲリオンに詳しくないため(残念ながら絵柄の好みの問題で)、関係ないもの同士が似ていることを発見したときの、あの全身に力がみなぎり、空までだってジャンプできそうな激しい興奮を、その件に関しては味わえなかったので、非常に残念な気持ちになった。

だが、小さい興奮なら味わえた。エヴァンゲリオン以外にも似ているものがあったのだ。

宮崎アニメに出てくる脇役、そしてぷよぷよだ。

これはもうぷよぷよにしか見えない。それも悪いぷよぷよだ。

そうそう、これらの絵はわりと有名かもしれない。




私でも知っていた。だが、もっと有名なはずのオブジェというか彫刻を、情けないことに私は太陽の塔しか知らなかった。

やはり多少は勉強してから美術館なり何なりに行ったほうが、どちらかといえば得をするように思う。

庭も楽しかった。
自分の家の庭だったら落ち着かなくて困るが、こうやってときどき見物するのなら、すこぶる楽しい庭だ。
このように恐ろしい注意書きもあったけれども……。
そしてこれがアトリエ。写っていないが、二階もあって、そこには巨大な本棚がある。見ているとでんぐりがえししたくなるほどの、膨大な数だった。

それから、メッセージを自由に書きこめるノートがあったので、私も書いたり描いたりしてみた。
この新聞の切り抜きのものをもう少し擬人化して描いてみたのだが、まったくといっていいほど似ていない。   



まあいいさ。紙があったら何かを描きたくなるのは人間の本能さ。

とにもかくにも、岡本太郎記念館、地味めだけれどなかなか楽しむことができたようだ。

このところ美術巡りに凝っているので、昨日は六本木アートナイトにも行ってきた。

それについては後々。


それから、今日の池袋アミーゴ撮影会に参加される方、どうぞよろしくお願い致します。






Wednesday, March 24, 2010

Yシャツデー

アルバイトしている飲み屋で「Yシャツデー」なんてものが開催されており、毎日を不機嫌に過ごしている今日この頃だ。

「Yシャツデー」とはつまり、男物のYシャツ一枚しか着ていない(あくまでもそのように見せるだけ)女たちが接客をするというもので、別に変なサービスや一発芸の披露があるわけではないのだが、どうしても私の性に合わない。

そもそもYシャツの何がいいのかちっともわからない。

露出が多いわけでもないし、体にフィットするわけでもないし、スタイルがよく見えるわけでもない。それどころか逆に、寸胴や短足に見える。

あまりにも理解できなすぎたので男性に意見をきいてみた。たいていの人は私と同じように何がいいのだか理解できない(自分はそれほどマニアックな人間ではない)と言っていたが、そうでない方も案外いらっしゃった。

Yシャツに対して個人的な意見はないけれど、テレビで明石家さんまさんが「女の子のYシャツ姿っていい」と言っていたから、それにあやかってYシャツデーなんていうイベントがあるんだと言う方も何人かいた。

それこそわからない。

私が働いているのは、明石家さんまさんが経営しているわけでも何でもない。あの方とは縁もゆかりもない。一切関係していない。

もし、さんまさんがそう言った影響だとしたら、どうしてそれほど彼の意見を重要視するのだろう?だいたいさんまさんが全男性のアベレージというわけでもあるまい。

さんまさんがいいと言わなくても(そんなことは知らなくても)、もともと女の子のYシャツ姿が好きという男性もいるようだ。

彼らは口を揃えて言う。「女の子が自分の家に突然泊まりに来て、寝まきとして着るものがないからYシャツを貸してあげた感じがするからいい。妄想をかきたてる」と。

ちょっと待てよ。そんなに複雑でわかりにくいエロスを求めているのか?考えようによっては不健康ではないか?
露出をしているから、体のラインが見えるから、そういう理由でエロスを感じるというのならよくわかる。原始的で動物的だ。しかしそれって悪いことではないように思う。

Yシャツの物語性 にエロスを感じる男性は、露出をしていたら何でもありがたがる単純な男を心のどこかで軽蔑していて、自分はそうではない、視覚ではなく情緒でエロスを感じる高度な人間なんだ、と考えているように思えてならない。

複雑なのはいいことか?いや、必ずしもそうではないだろう。

情緒に訴えかけるエロス。嫌な言葉だ。私の大嫌いな言葉だ。

すごく不潔な気がするもの。ねじ曲がっているもの。素直じゃないもの。

それに、「女の子が自分の家に突然泊まりに来て、寝まきとして着るものがないからYシャツを貸してあげた」って言うけれど、考えてみたらそれっておかしな――無理やりな――設定だ。

どこの誰が客人にYシャツなんぞ貸す?そもそもあれは仕事着であって寝まきではない。動きやすいものではないし、皺になったり汚れたりしたら困るのは、貸してあげた男性自身だ。

だったら何を貸すか?

答えはジャージに決まっている。

ジャージやスウェットはふつう何枚か持っている。自分が一枚着ても女の子に貸す分は残るはずだ。

寝る時はジャージやスウェットは着ないでパンツ一枚だから、と反論される方もいるだろう。

だが、いくらジャージがないといってもトレーナーやTシャツくらいは普通の家ならある。だったらわざわざ仕事で着るYシャツを貸す人間がどこにいるだろう?

知的で複雑な人間ならそこまで考えてものを言ってほしい。

だいたい「Yシャツデー」って不公平だ。身長に関係なくYシャツ一枚でいなくてはいけないのだから。いくら大き目のYシャツを着たところで、着丈にはそれほど違いはない。150センチの人も170センチの人も同じものを着るなんておかしい。

こうやって意見することで、少しでもこの世からYシャツ好きの男性が減ってくれるといいのだけれどな。

Friday, March 19, 2010

アーリャマーン




ツイッターでもつぶやいたが(ツイッターでつぶやくって言い方、ミーハーのようであまり好かん)、ここ最近陽気なインド映画に凝りたい気分なので、『アーリャマーン』のDVDを借りてきた。

裏パッケージによるとこの作品、インドでものすごく視聴率の良かったテレビ番組らしいのだ。

奴はインド映画コーナーでも異彩を放っていた。怪しい香りがぷんぷんしていた。これを見なければ(いかにもすぐ廃盤になりそうだったこともあって)一生後悔する予感がした。

『悲しみよこんにちは』を借りるつもりで行ったレンタルショップだったが、時間がなかったのでこれだけを急いで借りてきたほどだ。それくらいこの『アーリャマーン』に心惹かれたのだ。

はじめは「アーリャーマン」だと思っていた。特撮ヒーローものだと当然のように勘違いしていた。ありゃまあ○○マンをかけた、お世辞にもセンスがいいとは言いがたいタイトルだと思った。

実際に見てみると特撮ヒーローものちっくな部分も多々あった。それも七十年代の、わりとマイナーな特撮ものだ。

これを見ている間、私の目は終始キラキラしていたことだろう。鏡でなんて確かめなかったけれど、それくらいわかる。

このちゃっちさ、くだらなさは、ぞくぞくする種類のものだった。

あらすじはざっとこんな感じだ。地球が生まれる十万年前、銀河系の彼方で大きな戦いがあった。
若き剣士は、師であるホーソンに出生の秘密を教えられる。彼は惑星ジャブ―の王子にして、初代アリア―ナ銀河皇帝となる宿命を持った戦士、アーリャーマーンだったのだ。
そして、アリャーマーンは銀河の支配を企む悪の帝王ナ―ラクの野望を打ち砕き、捕えられた両親を救うためにロボット“トボ”と共に銀河へと旅立った――ーシン間河へと旅立つのだった。wpろ;@

物語の冒頭でも関係ないと主張しているが、ようは『スターウォーズ』のパロディというかパクリだ。
こんなのも出てくるし、

こんなシーンもあるし。

まあ、これくらいベタなほうがいい場合もあるのだろう。わかりやすいし小さい子なんかは喜ぶのかもしれない。

しかしこの『アーリャマーン』、なんといっても主人公がいい。演じた役者さんがどんな方なんか、私にはまったくわからない。いくつぐらいの方なのか、人気はどんなものなのか、キャリアはどんなものなのか、一切知らない。

だが、一つだけはっきりしているのは、彼が二十五歳前後ではないということだ。

が、役の上では二十五歳となっている。若さあふれる青年ということに。この人ですよ。

ちょっと無理があると思うのだが。

だったらまだ敵役の人が主役をやったほうが合っているように、日本人である私にしてみれば思えてしまう。

だいたい、両親がこういう人たちっていうことにも納得がいかない。

主人公との年齢にそれほど差がないように見えるのだが。むしろお母さんのほうが若く見える気さえする。

まあ、異星人なのだからありえない話ではないのかもしれないが。地球人の価値観を押し付けるなんて身勝手だよな。

あ、ちなみに悪役はこんな感じです。

ダースベーダーっぽいようなそうでもないような。南国のお面にもっと似ている気もする。

謎の工事現場のシーンは個人的につぼだった。

インド映画でも、現代でも地球でもない設定でも、こういう話でも、ヘルメットってかぶるのね。

奴隷として労働させられているってことらしいが、けっこう楽そうな仕事をしていて、それもまた見どころだ。

多くは語らないことにする。

興味のある方はとりあえず見てほしい。

続きを見たくて悶々とさせられること請け合いです。
 
あ、ちなみに吹き替えの方が数段面白さが増すと思います。








海のパ○○○プル


これって別に伏せ字にしなくてもいいのでは……。

「パイナップル」という言葉って商品権だとか著作権があるのだろうか?

まさか卑猥な言葉だから伏せ字というわけでもあるまいし。

謎だ。

Monday, March 15, 2010

無題

電話をかける。商品の問い合わせをするためだ。十回くらい鳴ってやっと出る。鼻にかかったきんきん声。私はすでに苛立ち始めている。

「ありごとうございます!」

「あの~」

「アニマル・ホスピタル、ルミネエスト新宿東口店――」

「あの~」

「――店長の丸山がうけたまわりまーす!」

電話で対応してくれる店員というのは、一概に自己主張が激しい。彼女たちはビル名、店名、それから自分の名前、下手すると役職まで一気に言い終わってからでないとお客に喋らせてくれないのだ。相手より先に名乗るというのは悪い心がけではない。しかしそれも、時と場合を選んだほうがいいように思う。

何度こういう場面に出くわし、ひどく腹を立てながら、それを爆発させられないで苦しい思いをしてきたことか。思い出すだけでも、怒りのあまりキーボードを打つ指先に妙な力が入ってしまう。

彼女たちはそれほど悪くない。ただ融通がきかないだけなのだ(それから頭が悪いだけなのだ)――そう自分に言い聞かせても、怒りを静められるほど私は人間が出来ていない。

あからさまな舌打ちや、保留中の暴言、それでも苛立ちが治まらないようなら、電話を切りつつ受話器を投げつけることも珍しいことではない。

こういう時、固定電話でないのは張り合いがないものだ。乱暴に受話器を置くことができないのだから。

「ガチャン!」と受話器を置く気持ち良さを最近味わっていない。あまりにも勢いをつけすぎて、うまく電話を切れていなかったなんてことも、そういえばよくあった。

私は人生において人より多く受話器を取ったり置いたりしてきた。なにしろ私は、過去にテレホンアポインターだったことがあるのだ。
家庭の主婦相手にたいして役に立たなさそうなものをセールスしていたのだが、けっこうきついことも言われたものだ。死人が出て忙しいんです!と言われたこともあった(こう言っては何だが、信ぴょう性に欠ける言い訳だと思わずにはいられなかった)。

嫌な主婦も多かった。

説教する主婦、ものすごく毒舌な主婦、不幸自慢主婦、思わせぶりな主婦(これが一番嫌だった)、いろんな主婦がいた。いろんな主婦にいらいらさせられた。

こっちが頑張って長ったらしいマニュアルのあいさつを読み上げている途中で「けっこうです!」と言葉をかぶせる主婦は本当に嫌みだった。全部言わせてくれないと、喉の奥に何かがへばりついているみたいな気持ち悪さが残った。人の努力を踏みにじりやがって、と湯気が出そうなほど頭にきたものだ。

そうなんだ。自己主張の激しい店員だって同じなんだろう。最後まで言わせてくれよ!と思っているんだろう。

私という奴は……。同じ辛さを知っていながら、あれほど恨んだ主婦と同じ行動を取るなんて。

まあいい。少なくとも私は、あれらの店員たちのようにきんきん声を出したりしないのだから。

Friday, March 12, 2010

小説、配信開始!


私の書いた小説第三弾が、ソニー・デジタルさんの全力書店というサイトより配信中です。

あらすじはこんな感じです。

二日酔いの朝、男は愛犬ムックがいないことに気がつく。昨晩のことを回想してみて、彼は重大な事実に思い思い当った。一夜限りのつもりでベッドを共にした女の姿も消えていたのだ。

突然鳴りだす携帯電話。女からだ。「ムックちゃんが何も食べなくて困っているの」何と彼女は犬を連れて帰ってしまったのだ!

果たして男は愛犬を取り返すことができるのか?

イメージソング『でもOK』も着うたで同時配信!THEE OUT MODSのSANAソロデビューとなるこの曲は、小説『テイクアウト』のために書き下ろしてくださったナンバーです。私も好みのムードたっぷりの一曲です。

さくっと読める短編なので、暇な時にでもそうでない時にでもぜひ読んでみてください!


「テイクアウト」http://zbk.me/novel_t/index.php?novel_id=90※上記URLは、携帯電話からのみアクセス可能http://sonydes.jp/blog/2010/03/post-600.html■公式サイトアクセス方法【i-mode】 情報料: 月額:315円(税込)iメニュー→メニューリスト→コミック/書籍→コミック→全力書店【EZweb】情報料: 月額:315円(税込)EZトップメニュー→カテゴリで探す→電子書籍→コミック→全力書店【Yahoo!ケータイ】情報料: 月額:315円(税込)Yahoo!ケータイ→メニューリスト→書籍・コミック・写真集→電子コミック →全力書店http://zbk.me/※全力書店URL。携帯電話からのみアクセス可能です。




Thursday, March 11, 2010

気持ち悪いポーズ


昔から私は気持ち悪いポーズを取るのが得意だ。

一枚目の写真のように、脚の内側に手を入れて、そのまま腕の力で体重を支えるポーズは小学生の頃からの定番だ。

こうやってマスクをつけながらすると、気持ち悪さが倍増し、「夢に出そう」、「頼むからやめてくれ」と言われるレベルまで自分を高めることができる。

最近ではゾンビの真似に凝っているものだから、『サンゲリア』などを見て研究している。今はまだ犬に吠えられる程度だが、磨きようによったら子どもを泣かせられる域に達するのも不可能ではないかもしれない。頑張ろう。きっとうまくいく。私は演技派ではないけれど、お化けの真似だけはたいていの人には負けない自信があるのだから。学園祭のお化け屋敷でお化けの役をやって、下級生(小学生)を何人も泣かせたという輝かしい記録の保持者なのだから。

さあてと。もう少し練習に励むかな。

Wednesday, March 10, 2010

ホスト雑誌




珍しくて、価値観のまったくことなるものに触れ、なんとも言えない気持ちになる面白さといったら、ちょっとたとえようがない。

最近一番なんとも言えない気分になったのは、間違いなくホスト雑誌なるものを見た時だ。

こんなすばらしいものがそのあたりに置いてあり、嬉しいことにそれを持ち帰ることができるなんて、私私の人生もまだまだ捨てたものじゃない。

ホスト雑誌。開いてみればもう、そこは別世界!

これからの人生で、公務員さんと同じくらい深くは関わらないと思われる方々だが、見ている分には非常に楽しい人ばかりだ。

それにしても、この雑誌の主な購買層はどんな人たちなのか?同業の男性なのか?ホストに憧れる男性なのか?はたまたホストに憧れる女性なのか?

ホストに憧れる女性たちにとって、彼らはアイドルなのだろう。

その証拠にサインつきパンツのプレゼントなんてものがある。


使用済みかどうかはわからないが。というか、当たった人にとっては使用済みのほうが嬉しいものなのだろうか?私も成人向け雑誌で似たようなことをやったが、あのパンツやらが今どんな運命をたどっているのか気にならないでもない。

写真集のようなグラビアまである。

こういうものが載っているところを見ると、この雑誌のターゲットは女性なのかもな、と思うが、求人広告や男性特有の悩みを解消するクリニックなどの広告も多数掲載されているので、やはり男性向けなのかもしれない。

いや、あえてどちらにもしぼらなかったのかもしれない。

しかし、ホストの中には景気のよさそうな人も多いんだなあ。

ですってよ。

うちのテレビも42インチくらいだが、十三万円弱だった。だが、三十万円のテレビって自慢するほどのものなのかが謎だ。42インチが大型なのかも謎だ。電源を入れたことがないのに自慢げなのがもっと謎だ。接客業なのにいいのだろうか?パソコンで間に合っているのか?

彼の物自慢、値段自慢はまだまだ終わりそうにない。うん十万円のベッド、うん百万円の時計……エトセトラ、エトセトラ。

しかし、いきなり庶民的な値段のものが登場した。

三万円のシャンデリアだ。

画像では切れてしまっているが、これがけっこう大きいのだ。あれで三万円ならお値打ちだと思う。

この場合、お買い得、賢い買い物自慢なのか、実は庶民的な金銭感覚がぽろっと出てしまったのか、編集さんかライターさんのささやかな意地悪なのか、いまいちはっきりしない。

ホストクラブの客層というと、裕福な女社長や女医、富豪の未亡人などが多いイメージだが、実際には風俗産業の女性が多いという。彼女たちと小型犬は切っても切れない。そもそもホストクラブに足しげく通う女性というのは、情深く、面倒見のいい人が多いように思う。そういう人だから、もちろん犬を時にはやりすぎとも言えるほど可愛がるはずだ。

そんな女性たちのニーズに答えたら、ホストクラブもこうなった。犬同伴OK、犬専用ルーム完備。

ややっ!ワンちゃんバースデーだと!これは是非行きたい!

あああ、心の底から行きたい。私も一緒に祝わせてもらいたい。六千円までなら払ってもいい。だめだ。興奮してきた。

どうやったらお犬様のお誕生日会に参加できるんだろう?大金を払うのは物理的に無理だ。ああ、どうしたら……。

もう男装してホストクラブに体験入店するしかあるまい。私ってホスト顔だから、声さえうまく出せればいけるかもしれない。


Tuesday, March 9, 2010

たのしいダイエット











風邪をひいていたせいで、先週一週間はコンビニと病院以外は行かないで家にこもっていた。

熱はまあまあ出たが、食欲だけはまったく減退せず、むしろ旺盛になったくらいなので、ものの見事に太ってしまった。

そのうえ初対面の男性に「俺と同じくらい体重がるでしょ」と言われ(彼は57キロ)、踊りだしたいくらい不愉快だったので、もうこうなったら痩せてやる、と生まれて初めて本格的なダイエットに取り組んでいる。

運動は嫌いだから、食事制限を徹底しようと思う。

昨日の昼から開始したのだが、メニューは今のところこんな感じだ。

昨日昼 ヨーグルト(130) スープはるさめ(100) 今日朝 御飯少しにふじっこ(150) 昼 スープはるさめ(90) チョコレート二片(70) 夕方 御飯少しに豚キムチ(400) 夜 スープはるさめ二個(350)

しめて1290kcalか。目標の1200をちょっとオーバーしてしまった。
それでも腹が減る。

しかし先週は毎日5000kcalは取っていた。そのほうがよっぽど不自然だ。

腹が減ってもいないのに食べていたということなのだから。

食事は排出と同じように、人間としてごく自然な営みだ。

腹が減ってもいないのにものを食べるというのはつまり、便意や尿意がないのに、むりやり便器に座って、中身を絞り出すようなものだ。汚い話。

眠たくもないのに眠ろうとするのとも同じだ。眠たくないのにベッドに入ったって、上手に眠れるわけがない。

食事だって似たようなもので、腹が減ってもいないのにものを食べたって美味しいわけがない。

考えてみたらそうだ。なんとなくだらだら食べている時って、味のことはそれほど意識していない。まずくはないものを口と胃につめこめればそれでいい。

なんて罰あたりなんだろう。

今日みたいに腹を空かせに空かせて、やっと口に入れた食事の美味しいこと!あまりの美味しさにごはん粒一粒まで残さず食べつくした。

あれほど食事を幸せに感じるとは。

空腹に勝る調味料無し、というが本当にその通りだ。

多少腹が減っても、それが生き物として自然な状態のわけだし、何より一回一回の食事がうまい。そして結果も出る。今日になって、さっそく体が軽いもの。

ダイエットって案外楽しい。もう少し続けてみよう。

Friday, March 5, 2010

木に登るということ


そういえばこのブログ、携帯電話からは見えないそうな。どうりで周囲にblogger人口が少ないわけだ。

私の見ているブログの99%がbloggerなものだからついここを選んでしまったのだが、選択を間違ったのかもしれないなあ。しかしライブドアブログのややこしやは私の性に合わないややこしさだったのでまあこっちから更新を続けることにする。



久しぶりに木に登ってみると、どうもうまく登れないものである。小学生のころには猿のように登れたこの私があれほど悪戦苦闘するようになるとは夢にも思っていなかった。

靴もよくないんだろう。今はもうNIKE愛用者ではないから。

だからといってここまで登れなくなるなんてショックを受けずにはいられない。

木に登れなくなったことそのものよりも、小学生のころからこうも変わってしまったことがなぜかとても悲しい。

今はあのころの産物というよりもあのころの延長だ。十年以上前からずっと続いている道に今も私は立っているわけだ。

変わったことといったら、自分でお金を稼ぐようになったのと、パソコンができるようになったのと、親のいない海外旅行に行ったのと、処女でないのと、辛いものが好きになったのと、学校に行くかわりに働いているのと、あとは時代くらいだ。

あの時読んでいた漫画や本は今も読んでいるし、年に二度は高熱が出るし、何かを読みながら行儀悪い姿勢で飲んだり食ったりするのが一番至福の時だし、死にたくないし、交友関係は狭いし、教育テレビはよく見るし、地震と戦争が怖いし、一人が好きだし、他にも多くのことが以前と同じだと思っていた。

私は甘かった。精神的なことばかり考えていた。

肉体は着実に衰えているのだ。このままだといつかはぼけてしまうのだろう。

ずいぶん前から、きっと私は四十代半ばくらいまでしか生きないだろう、と思ってきたので(せっかちだし後先考えないで行動するし、健康的とはほど遠い生活習慣なもので)、それが予想通りならばぼけるまで長生きしないだろうが、もしも運良く生き延びたとしたら、ぼける日もはるか遠い未来ではない

もう考えるのはよそう。それよりも木登りの魅力について考えるんだ。

木登りの好きなおてんばなヒロインには虫唾が走る私だが、そのくせ自分が登るのは楽しくてしかたない。

そもそも、木に限らず私は何かによじ登るのが大好きなのだ。「登」という字までも見ているとうきうきしてくるほどだ(登山はべつに好きではないのだが)。

あれほど楽しくてエキサイティングなスポーツをあと十個挙げろといわれたらむずかしい。

ダーウィンの説が正しくてもそうでなくても、木に登り人間の本能がある程度関係していると思う。だって私は、木にもっともらしい登る理由を思いつくことができない。

圧倒的なものに抱かれたいから?征服欲を満たすために?違う、そうじゃない。

ちょうどよさような木を見ると、全身がうずいてしまうのだ。これを本能と呼ばずなんと呼ぶのだ?

「そこに山があるからさ」とはけだし名言である。

世の中には素敵な木やいい感じの大きさの物置きなど、登りやすそうなものが案外存在しているというのに、どうしてみんなは登ろうとしないのだろうか?みんな大昔は猿だったんじゃないのか?少なくともそう植えつけられてきたのではないのか?

「なぜ山に登るのか?」という質問のほうが私には理解しかねる。

それが「なぜ木に登るのか?」という質問であったならなおさら。

いつか山登りがロッククライミングのようにそこそこポピュラーなスポーツとなる日がくるまで、私は一人孤独を背負い、木に登り続けることだろう。

どこかで見かけることがあっても、くれぐれも石を投げたりしないように。