Monday, May 31, 2010

憧れのウイスキー


ウイスキーの瓶ばかり眺めて過ごした頃があった。幼稚園だとか、小学校低学年だとか、たしかそれくらいだった。

まだ自分の部屋のなかった私は物置に居場所を求め、そこに籠って何かをするのが好きだった。
物置といっても五畳程度の部屋で、そこにあったものは、今考えてみればその後の私の人格形成に多いに影響を与えていたようだ。
その小さな空間には、まずピアノがあり、百科事典や世界文学全集などの分厚い本があり、『サザエさん』をはじめとする、古い漫画があり、おびただしい数のジャズのレコードがあり、ぶら下がり健康器があり、風呂桶一杯分くらいのレゴブロックがあり、着せ替え人形があり、宇宙に関する雑誌が山と積まれていた。
読書が好きなのはまぎれもなくこの部屋のおかげだし、古い歌に親しみを覚えるのだってそうだ。レコードやレゴブロックは私の収集癖は遺伝なんだということを証明してくれる格好の材料だ。ここで着せ替え人形遊びに没頭しなかったら、今みたいに洋服に金のかかる人間に成長しなかっただろう。

物置には新しい物なんて何もなかった。良くも悪くも私を古いもの好きに育て上げてくれた物置を、今こんなに懐かしく思うのはやっぱり懐古趣味のせいだろうか。
ウイスキーし話を戻そう。そもそもなんでウイスキーのことなんて言い出したのかというと、先日実家に行った時に(物置があった家からは引っ越してしまったのだが)ウイスキーコレクションのうち、わずか数本だけが、棚の中に大事そうに保管されているのをしたからなのだ。

両親は私と同じでアルコールがほとんど飲めない。コレクションは父親のそのまた父親のもので、亡くなった人間が大切にしていたものということで全部を捨ててしまうことはどうしてもできなかったらしい。私の懐古趣味は物置のせいだけではなかったみたいだ。
小さい頃の私は、ウイスキーに対してある種ロマンティックな思いを抱いていた。酒というのは大人だけに許された高級な趣味だと思っていた。周囲の誰も酒を飲まない環境に育ったからだろう。その頃はドヤ街の存在も、あそこにいる人々が大の酒好きだということも知らず、酒を飲む人種というのは金持ちでものすごく博学に違いないと信じて疑わなかった。

特にウイスキーやブランデーなんてハイカラの極みを行くようなものだった。ああいうものを愛好する人間は、羽根ペンで手紙でも書きながら(できれば軍隊時代の知り合いに)ウイスキーをちびちびやるのだと思っていた。葉巻の甘い香りが漂う部屋には猟銃が飾ってあるものだと思っていた。
うちの祖父も父も母もそういう人間ではないのでウイスキーは封を開けられないまま物置に眠るはめになったのだと。
祖父はきっと私の夢想するような人物と交流があり(たぶん勤め先の偉い人かなにか)、彼がコレクションしていたのはきっとそういう人からもらった高級なウイスキーだとばかり思っていた。

きっと昔の私は、今と違ってそのようなかびの生えた洋風の生活に憧れていたのだと思う。学習机なんて素っ気ないものは絶対に嫌だったから、一年生になった時、親にねだって買ってもらったのはライディング・デスクだったし、どこからか見つけてきた、止まった懐中時計を大事に持っていた。

やがて成長して、物置のないもっと実質的な家に引っ越し、ライディング・デスクはごく普通の学習机に買い替えた頃には、ウイスキーのことなんてすっかり忘れてしまっていた。
本当にこの間、あの埃にまみれた瓶を見るまではすっかり忘れていたのだ。しかし一度思い出に触れると、それは以前より輝きを増した。古びた箱に入ったウイスキー。この箱は今でも覚えている。これはオルゴールつきの瓶だ。とろっとした優しい色合いの液体の中で、音楽に合わせて人形が踊る、凝った作りのウイスキーだった。

私は箱を開け、中身を出してみた。そして、唖然とした。
思っていいたよりずっと小さい瓶。いかにも安っぽくて、ずっとずっとちゃっちいデザイン。オルゴールからはやたらとテンポの早い『白鳥の湖』が流れ、その音色は私に、ドンキホーテに売っている白鳥の首と頭のついた宴会用のパンツを思い出させた。
外国の物だと思っていたのに、製造されたのは静岡県だと書いてあった。
裕福な紳士にもらったなどということは100%ないだろう。

いつかはウイスキーの味がわかる人間に――ひそかにそんなことを考えていたが、誓いを立てるほどのことをしなくてよかった。私はいまだにウイスキーのことなんててんでわからないが、少なくともあの瓶にロマンティックな思いを抱いたまま真っすぐ成長していたら大変なことになっていたと思う。

しかし、瓶の中で人形を踊らせてしまおうという発想はなかなか好きなのだが。馬鹿馬鹿しくて。真剣なところがなおよろしい。

馬鹿馬鹿しいことを真剣にするほど魅力的なことって世の中広しといえそうそうない。

祖父よ、そして想像上の老紳士よ、私はこんな大人になりました。


Thursday, May 27, 2010

エキゾチックジャパン


最近アクティブな人間へと変貌を遂げた私は、映画だってわざわざ映画館で観るのを好むようになった。
巨大スクリーンはやっぱりいい。うちの42インチしかない(考えてみたら姿見よりうんと小さいんだから物足りなくて当然だ)テレビとは比べてはいけないとはわかっているが、やっぱり迫力が違う。これはどうしようもない。
音だっていい。昔と違って最近の映画館は椅子だってそれなりの座り心地だし、埃っぽい匂いもだいぶましになった。
映画館を嫌う理由が見つからなくなってきた。
DVDのほうが気楽だというのはある。映画館では、他のことをしながら鑑賞するというわけにはいかない。トイレにだって立てない。
しかしだ。90分なり120分なり140分なり、椅子に縛り付けられて、ただ映画を観るというだけの行為に没頭するのには、やはり映画館が向いている。いくら自宅が気楽でも、居心地が良くても、それは否定できない。
余計なことに気を散らしてしまったせいで「駄作」の烙印を押されてしまった映画がいったいどれだけあるだろう?そりゃあ、ものすごく面白い映画だったら気を散らす隙も与えないほどなんだろうけれど、そこそこの映画だったら、読書やネットサーフィンの誘惑に勝つのは難しい。それについ、何かをしながら見てしまう。そのほうが時間の節約になるじゃないか、と耳元で貧乏神がささやく。そうなると私は言いなりだ。いや、これまでは言いなりだった。
生活が変わり、外出する機会が多くなると、自然と「ついでに」映画を観るということができるようになった。
「ついで」に行けるとなると、映画館へ行くことに対する意気込みみたいなものがぐっと減って、何かこう映画館に行くという行為が生活に密着したものになってくる。映画館はもう休日の娯楽ではないのだ。
前置きが長くなってしまったが、この間も私はそんな風にふらっと映画館に行った。観たくなったからその足で行った。
観てきたのは『エンター・ザ・ボイト』 というどちらかといえばマイナーの部類に入る作品だ。何か洒落た雑誌でこの作品の監督ギャスパー・ノエという人のインタビューを読んで、彼が勧めているフランス映画が『アンダルシアの犬』と『顔のない眼』という私が個人的に好きな作品であったことから、「この人の撮るものもきっと好みに合うに違いない」と勝手に思ったのが、この作品を観ることになったきっかけだ。

異国東京の歌舞伎町で暮らす、ドラッグのディーラーの兄オスカーとストリッパーの妹リンダのちょっと変わった愛の物語だ。
仲むつまじく暮らしていた二人だったが、ある日オスカーが警察に撃ち殺され、彼の魂は肉体を離れ、リンダの周囲を漂うことになる。
つまり、魂となった兄ちゃんが妹のセックスや着替え、トイレでの営みなどを覗くという、アダルトDVDに、とりわけソフトオンデマンドのDVDにありそうな内容なので、こうやって説明するとものすごくばかばかしく聞こえる。もう、実際映画館に行ってもらわないとわからないだろう。
よくある『観るドラッグ』的な映画の一つなのだが、映像もよくできているし、なんと言っても舞台が日本だから親しみやすい。

私がこよなく愛する、「外国人ならではのとんちんかんな日本」もそれなりに出てきて、妙にほっとした気分になった。
たとえば、日本のストリップ・クラブには用心棒がいることはあんまりないだろうし、警官があんなに簡単に発砲したかと言われれば、日本人の私としては首をひねってしまう。

外国人のフィルターを通せば、珍しくもなんともない歌舞伎町も「エキゾチックジャパン」になってしまう。
いや、外国人のフィルターを通さなくても、じっくり目を向ければ、どんな街だって十分異国的だ。いや、異星と言ったほうがいいかもしれない。
確かに歌舞伎町は個性的な街だ。映画が公開されていたのも歌舞伎町だったので、観終わったあと、久しぶりにあの街をうろうろしてみたのだが、やっぱり何かが変だ。
質屋や金券ショップが異様に多いし、映画の通り見るからにがらの悪い人がうようよしている。
若い女の子も、たとえば原宿や表参道なんかとはちょっと違う。髪に、服に、脚の開き方に変に隙があって、文化的なことにあまり興味がなさそうで、こう言っちゃなんだけれど、簡単に騙せそうなオーラが漂っている。
今はなき歌舞伎座の前でかったるそうにたむろするホストなんかも、外国人の想像力をかき立てる格好の材料になるだろう。
歌舞伎町の住人をじっと見ていると、山谷に行った時のことを思い出した。
どちらも自己完結してしまっている街という点では似ていると言えなくもない。そしてどちらの街の住人も、欲望に対してすごくシンプルに対応しているように見えた。三大欲求を満たすことがすべてであり、それ意外のものにばかり興味を注いでいる自分がややこしい、馬鹿げたものに思えてくる。
そこから学ぶものは多いが、私はあれらの街、特に歌舞伎町をホームタウンだと思えることはないだろう。たとえ住んだとしてもだ。
あそこにいることを好む人たちの気持ちを私が理解することはできないし、趣味一つをとっても彼らとは合わないだろう。歌舞伎町の人々と私の距離はあまりに遠い。ロサンゼルスのバーニーズで買い物をしている時のほうがよっぽど、その場にいる人との距離を感じないくらいだ。
しかし、その距離こそが歌舞伎町を「異国的だ」と思うゆえんなのだろう。

Sunday, May 23, 2010

からまれた話




そういえば先日、生まれて初めて酔っぱらい(もしくは違法物の中毒者)にからまれた。
日本の電車は世界一安全だ、治安がいい、と言われているが、こと始発に関しては、国民としてみれば誇らしいその説が通用することはないようだ。
その日は、四時台だというのに空は明るく、人間が気持ちよく過ごすには一年のうちでも最も適した気候だった。
そうでなければ、いくら貧乏な私だって、駅前で始発を待つようなことはせず、深夜営業の喫茶店なり、ネットカフェなどに入り時間をつぶしたことだろう。
が、先にも書いたようにその日は変な喫茶店で薄められたコーヒーを飲むよりは、自動販売機のミネラルウォーターを片手にぽかぽかした空の下でぼうっとしたり、あれこれ雑用をしたほうがよっぽど健康的なように思えたのだ。
駅はまだ閉ざされていたので、私は階段脇に寄りかかって、iPhoneでニューヨークの情報収集に勤しんでいた。気持ちの上ではすっかりまだ見ぬニューヨークにトリップしていたが、体のほうは安全だと言われている日本の生温い湯にどっぷりとつかっていた。
足の間にわりと重要なものが入っているほうの鞄をファスナーを開けたままはさみ、その他のちょっと荷物が入った袋はま横に置いていた。周りのことなんか見ようともしていなかった。
レンタサイクルなんていうのも意外と高いなあ、なんて思っていると、ふと真横に人の気配を感じた。
見ると、私と同い年くらい、もしくはもう少し年下の大学生くらいの男がちょっとした荷物の入った袋の中身を穴があくほどじっと眺めていた。
最初私はすごくピュアな人なのだと思った。小さい子どもがそうであるように、彼らは興味を持ったものとなると、それが人のものであろうとなかろうと、見てみぬふりなんてできないのだ。私はよくそういった方々に声をかけられる。今回もそれだろうと思っていたが、彼は外見からしてどうもピュアには見えない。
傷んだ汚らしい茶髪をアニメのキャラクターみたいに盛り上げ、肌はマリン・スポーツではなく日焼けサロンで焼き続けているかのような、やたらときれいな小麦色だった。着ている服はまさに今時の兄ちゃんという感じだ。
彼はほとんど肩と肩が触れ合いそうなほどぴったりと私に近づき、今度は足の間にはさんだ、貴重品が入ったほうの鞄を凝視した。
私はすぐさまファスナーを閉めて、臆病な旅行者のように鞄を彼がいない側の小脇にかかえた。話しかけられるのだけは嫌だったから、iPhoneからは目を離さなかった。
スカウトマンかな?とも思った。だが名刺を渡してくる気配はない。
彼にはあと二人仲間がいたらしく、その人たちは面倒くさそうな顔で、遠巻きにこちらを見物していた。
沈黙の一分間が過ぎ、横にいた男がついに何やら私に話しかけてきた。彼は呂律がまわっておらず、何を言っているのかはさっぱりわからなかった。しかし、声のトーンなどから好意的なことを言っているのでないのは明らかだった。
酔っぱらいなのかと思って一瞬だけ目を合わせてみたのだが、どうも目つきがおかしい。
私は最近飲み屋で働いてもいるので、酔っぱらいは男、女に限らず毎日見ている。だから彼が酒によっておかしくなっているのではないとすぐにわかった。
俗に言う、「人間をやめかけた」人なのだろう。
人生をどう楽しもうと彼らの自由で、なにも私がとやかく言うことではないが、少なくとも他人に害を及ぼすのは違うと思う。
私が一向に無視を続けることに頭にきたのか(ああいった人間の考えていることはわからない)、彼は何やら罵りの言葉を吐き出した。よく覚えていないが、いかにもちんぴらだとか、親父狩りをする若者と言った感じだった。
これが親父狩りならぬばばあ狩りだろうか。面倒なことになった。
運の悪いことにその日は、私にはめずらしいくらいの大金が財布に入っていたのだ。時計だって一目でカルティアとわかるものをつけているし、バレンシアガの鞄だってちんぴら界でまったくの無名だとは思えない。
私はiPhoneをネットから電話に切り替え、男に見せつけるように110番のダイアルボタンを押した(今時古い言い方だが)。
なんて言っているのかは相変わらずわからなかったが、男の罵倒は(大声でこそなかったが)一層薄汚いであろうものになった。
私はその状況をそれなりに楽しんでいた。
常々、トラックやタクシーにぶつかりそうになって「バッキャロー!死にてえのか!」と言われたり、人の男を寝取って「この泥棒猫が!」と言われてみたかったのだ。まあ、それほどいかにもではないにせよ、今回の彼の罵倒は聞こえていたならかなり定番のものであるに違いなく、そんな日活アクション映画のワンシーンのような展開には、普通に生活している限り滅多にお目にかかれないだろう。
しかし、財布や時計が心配だったし、もしもこれが親父狩りに近いものなら私は殴られ、100万円近くお金をかけている大切な歯を折られるかもしれないのだ。それはまずい。避けたい。
警察は最初のうちは冷やかしだと思っていたのか、私がどんな状況にいるのか、こと細かく尋ねてきた。「そこはどこですか?」、○○駅です、「駅のどの辺りですか?」階段のあたりです、「その男はどのくらいの年齢ですか?」、二十代前半か、それよりもう少し若いです、「何人いますか?」、三人います。からんできているのはそのうちの一人です、「どのようなことを言われたんですか?」、泥酔していたのか、なんだかよくわからないことを口走っていました、「それは日本語でしたか?」、はい、日本語です。たぶん日本人です、そんな風に質問攻めにあっている間に、乗り気でなさそうな二人は、「おい、やべえよ(彼らの言っていることは聞き取れた)」などと言い、乗り気な兄ちゃんもしばらくは「なんだこらあ」みたいなことを言いながら粘っていたが、やがて乗り気でない二人に無理矢理連れて行かれてしまった。
警察は「今からそちらに向かいましょうか?」と言ってくれたが、私は「逃げていったのでとりあえずは大丈夫です」と言って電話をきった。

他の人に話すと「よく刺されなかったね」と呆れられたが、刃物を持っていないことは見ればわかったし、なにしろ私は大人げのない馬鹿者なので、不愉快な気分にさせられたのだから、あちら様にも私と同じくらい不愉快になっていただきたかったのだ。

もしもあの兄ちゃんのおかしさが違法物によるおかしさだったら、警察がくるかもしれないというのは、きっと私が味わった不愉快さを軽く超える不愉快さだろうから、我ながら嫌な奴だなと思いながらも、110番してよかったな、と思っている。

このままじゃいつか本当に刺されるかもなあ。

みなさんも始発を待つ際は気をつけましょう。

Tuesday, May 18, 2010

たいして意味のない発見

一般的におしゃれだと言われているフランス映画ですが、こういう人も出てきます。


こんなヤーさんいますよね。下町あたりに行くと。総理のカラフルなチェックのシャツ(スーパーモデルの私服だったら十分に可愛いと思われる)をとやかく言っている場合ではありません。

他にもこのくらいつぼに入るものがあればもっとフランス語に親しむことができるのdすが。

願わくば、この彼の皮ブルゾンが「BOSSジャン」でありますように。

撮影会の告知

以前にもちらっと告知したように、今週、五月二十三日の日曜日に、ホットバーニングさんで撮影会があります。

下記のホームページで詳細も見られます。
      ↓
http://www.hot-burning.tv/prices.html

18歳以上(ヌードありの撮影会なので)で女体に興味のある方はひともご参加ください。

この機会にこれを読んでいる方とお会いできるのを楽しみにしております。





撮影料金
初回のみ(新規)会員証発行手数料1,000円がかかります。

 第1部   6,500円
 第2部   8,500円
 第3部   6,500円
 第4部   8,500円


▼各部通し割引制度あり▼
 お一人様最大4部までご参加頂けます。
 2部参加-1,000円
 3部参加-2,000円
 4部参加-3,000円
定員人数
各部20名様
セッション
1部 10:50~11:50 ◆スタジオROSE

2部 12:10~13:40 ◆スタジオROSE

3部 14:40~15:40 ◆スタジオROSE

4部 16:00~17:30 ◆スタジオROSE

スタジオROSE

東京都文京区本郷4-17-6 TED bldg 3F 電話番号 090-6505-7891

都営三田線・都営大江戸線「春日駅」A2より徒歩2分


そんなわけで、どうぞよろしくお願いいたします。

最近あったろくでもない出来事第一位

旅行というのはたいていろくでもない嫌なことが起きる。これはもうたこ焼きにかかったマヨネーズのようなもので、好もうと好むまいと関係なくついてくるのだから仕方ない。その分楽しい思いもするんだし、プラスマイナスゼロだと割りきりでもしなければ、窮屈なエコノミークラスに何時間も押し込められてまで、わざわざ言葉の通じない異国に行く気などおこらない。まあ、狭い機内というのも海外旅行で避けて通れないろくでもないことの一つなのだが。

人生で最初に行った海外のハワイでは迷子になったし、男の子に間違えられたし、撮影後グアムから帰ってきた時は、マネージャーのトランクが関西まで旅を続けてしまった。韓国ではニセモノを売りつけられそうになり、バリでは友人のパスポートが紛失しかけ、ロスでは買ったものをタクシーに置き忘れ、メキシコでは物売りにからまれ、香港では食べ物のまずさにやられ、上海にいたっては、代理店が詐欺まがいで出発すらできなかった。

人並み外れて不注意な私が慣れない土地に行けばそれはもう偶然とは言えないのだろうが、いくら自業自得でも旅行そのもののせいにしてしまうのが人間の愚かさ、身勝手さというもの。

シンガポールのことを思い返すと、いつもよりは「ろく」なことが多かったと思っていたが、よくよく考えてみたらそんなこともなかった。

私は決定的な事件があったことをすっかり忘れていたのだ。

旅立って二日目。マレーシアから帰るバスの中でその事件は起こった。

「ソフトバンクをご利用頂きありがとうございます。現在、お客様の世界対応ケータイサービスのご利用料金が高額となっておりますのでご注意ください」というメールがiPhoneに届いたのだ。

マイソフトバンクから確認すると、なんと1105000の文字が!1105000パケットではなくて、¥1105,000だ。

それを見て私はすっかり気が動転してしまった。カスタマーセンターがなかなかつながらないから、ソフトバンクショップに国際電話をかけ、店員を問い詰めたが、彼は多くを語ってくれない。ここではわかりかねます、の一点張り。

電話をしながら私は泣き叫ばんばかりだった。

動揺して焦燥して、心臓は沸騰したやかんのようだったし、頭の血管は切れそうだった。
様々なことが頭を過った。貯金をおろすのは嫌だ、だとしたらもうスカトロDVDに出演するか、ソープランドに職を求めるしかない。闇で臓器を売り払うのとどっちがいいか考えなかったこともない。
今なら大地震が発生してもいん石が衝突しても構わないと思った。むしろ、そうなってくれたらどんなに楽かと。

これまでの人生で最も自殺に近い三十分が過ぎ、ようやくソフトバンクのカスタマーセンターと電話がつながった。

もう少しで私は、こうなったからにはちゃんと稼げるソープランドかSMクラブを紹介してくれと、オペレーターに頼むところだった。
しかし、パニックで気が変になりかけている私をよそに、オペレーターは「たまにある表示間違いですよ」と、明るく言った。

どうやら定額になるはずのパケット使用料が、何らかの間違いでそのまま表示されていたらしい。海外だろうと日本だろうと定額にしないととんでもない金額になるらしい。

メールで「高額になっている」と知らされた通信料はそれでも十分に高い¥38,000だったが、私は心底ほっとし、生まれ変わったみたいに幸せだった。東大に合格した学生だってあんな気分にはならないと思う。

これは、今までの旅行の中でもダントツでとんでもない出来事だが、今となっては周囲をも巻き込む笑い話だ。
本当はロボットなんじゃないか?と自分で思うほど感情を表に出さない私なのに、あの時ばかりは違う人間みたいに感情的だった。

これが国内であった出来事なら忘れてしまいたいが、旅行先でのこととなると、ちょっと面白い経験になったとさえ思う。不思議なものだ。

それはまあともかくとして、海外での、特に一度見始めるときりがないiPhoneの使用には、みなさんくれぐれもくれぐれも注意してください!

いくら気が動転しても、カスタマーセンターのオペレーターに「稼げる売り専の店を紹介してくれ」などとは言わないように。

Monday, May 17, 2010

ニューヨーク計画

暇さえあれば、いや、暇なんてなくても、最近の私はニューヨークのことばかり考えてしまう。約一ヶ月後に、私はあの土地の土を踏むのだから、仕方のないことだろう。

初めて一人で行く海外をニューヨークに決めたのは、すごく現実的な理由からだった。
英語圏だし(英語なんてしゃべれない私だが)、免許がなくても移動できるし、特殊な場所に行かなければそれほど治安も悪くないと言われているし、都会だから何でも揃うし、ということは、私の旅行にはつきものの、日本でもできることをわざわざ海外でやるのに不自由がない。それに、見たり読んだり聴いたりすることの多い土地だから、なんとなく親しみもわく。少なくとも、愛媛や佐賀や茨城よりはいろいろなものを通した情報が頭の中に蓄積されていることだろう。

ニューヨークを舞台にした小説や映画は、どういうわけか他のどの都市を舞台にした作品よりも面白いと感じたものが多かったことも決めてとなった。

そして何より、すごく無難な気がしたのだ。

一人で旅するのに、ニューヨークよりもっと安全な場所だってないとは言えない。ハワイやグアムやこの間行ったシンガポールやオーストラリアなんかのほうが、日本人観光客だって多いだろうし、日本人でなくても観光客だらけだろうから、みんな機嫌がよくて開放的で、異国にいることで一抹の不安も抱えているだろう。つまり、私と同じような条件の人がニューヨークよりは多いはずだ。

しかし、一般の人がうじゃうじゃいて、みんなそれなりに忙しそうにしている都市に行きたかった。大勢人がいるのに言葉をかわすのにも、ものを読むのにも不自由であるほうが、のんびりと平和で現地の人も温かいリゾート地に行くよりは、一人を満喫できるのではないだろうか。
ELLEだとかフィガロジャパンだとか、いろいろな雑誌のニューヨーク特集号なんかもどっさり買い込んでみたし、ガイドブックだって二冊ほど揃えてみた。

しかし、例によって明確な予定は立てていない。

ブロードウェーでのミュージカル鑑賞と、MOMAやメトロポリタンなどの美術館、そして忘れてはいけない図書館には一応行こうと思っている。が、それだけだ。

それだけ行くのなら十分計画的だ、と思われるかもしれない。しかしこの計画は表向きのもので、実際どうなるかは行ってみないとわからない。

どうして表向きの計画なんて立てたのかというと、誰かに「ニューヨークに行く」と言った時に、まったく何も考えていないなどと言ったら、救いようのない馬鹿だと思われる可能性が高いからだ。

そうでなくても馬鹿にされやすい境遇や思考なので、なるべくそれを避けるためにも、ここでもう少し旅先での計画を立ててみようと思う。

ホテルの部屋に電気ポットがついているのなら、今回もフリーズドライの雑炊とスープはるさめをたくさん持っていこう。カロリーの高そうなアメリカ食とのバランスを考えて、そして何より食費節約のためにも。

その雑炊やはるさめなどの朝食を食べて、気になる通りをうろうろし、疲れたらコーヒーでも飲みながら本を読む。ニューヨークの街にぴったりなものでも、まったくそぐわないもの(たとえば、ドストエフスキーとか、出ていたら『美味しんぼ』の新刊とか、ふだんあまり読まない日本人作家のものとか、『永沢君』や『ぷりぷり県』も気分だ)でもいいだろう。

いつもよりたくさん歩くだろうから、iPodのライブラリは増やしていったほうがよさそうだ。歩きながら聴くならやっぱりアイドル歌謡曲がいい。

おおっぴらにはしないが、人間観察もかかせない。

古着屋巡りは重大な任務だ。私は初めての土地を一人で歩くとき、なぜか古着屋を見て回るのを楽しみにしているのだ。

京都でもロサンゼルスでもそうだった。

実際どこで仕入れた古着だが知らないが、その土地その土地で見た古着の元の持ち主について妄想する楽しみがおまけでついてくるし、過去のものを見ていると、ちょっとした博物館にでもいるような気分になる。売っているものもそれぞれに個性的だ。京都にはエミリオ・プッチが、ロサンゼルスには変な形のサングラスがやたらと多かった。

ニューヨークでは何が多いのだろう?

古本屋にももちろん行くつもりだ。それから薬局も。家電量販店もはずせない。

もしもあるのならメイド喫茶にも行ってみたい。

バーニーズとオープニングセレモニーも行こう。日本にもあるけれど。

帰ったら半身浴をしよう。DVDを見るのもいい。

こうやって書き出してみると、やっぱり国内にいる時と同じように過ごすであろうことが明らかになってしまった。

人に計画を話したら、やはり馬鹿にされるのだろうか。

それでもかまわないという心境になってきた。

以前にも書いたが、日本でもできることをしたほうが、不思議なことに日本との違いが歴然とする。

そして自分を日本人なんだなあ、と再確認する。

しょっちゅう何人かわからないと言われ、絶対にどこかの血が混ざっている。両親の本当の娘ではないんじゃないか?と言われていると、自分のアイデンティティが曖昧になってくる。ちょうど飼い犬が自分を人間だと思い込んでしまうように、私って本当は何なのさ?という疑わしさが、国内にいるのではいつも(ちょびっとではあるが)ついて回るのだ。

最後に、海外旅行は自信につながる。行く度に思うことだ。

英語がだめでも、社交的でなくても、電子辞書と多少の図々しさがあれば、たいていの場合どうにかなってしまうのだ。

そして何事もなく帰国すると、「なんだ、私って別の国でもどうにか生きていけるんだ。だったら日本でもっと恥をかいたって逃げ場はいくらでもあるんだ。だったらもう少し好きに生きても大丈夫だな」とあまり正しいとは言えない自信が生まれる。

こうして私は、外国に行けば行くほど、馬鹿にされる要素をたっぷり含んだ人間へと成長していくのだ。

脈略のない写真ですみません。







Wednesday, May 12, 2010

マレーシア日記


シンガポール+マレーシアのつもりで、今回の旅行ははじめから計画していた。シンガポールからバスで、マレーシアのジョホール・バルまで行けると聞いたからだ。けちな私はもう一カ国行けたほうが絶対に得だろうと考え、ゴールデンウィークのせいもあって、いつもより高めの10万円越えの旅費だったが、二カ国行けるのなら、と堅い財布のひもをいつもりり多少緩めたわけだ。

二日目の朝、私たちは予定通りマレーシア方面のバスに乗った。40分ほどでジョホール・バルに着いた。想像していたよりずっと近い。私が飲み屋に勤めて、送りの車で家に着く頃には、六本木と同じ東京とだというのに40分以上はゆうにかかる。

バスの中にはシンガポールの人々が、気分転換だかお買い物だかなんだか知らないが、いかにもしょっちゅう行っているという感じで切符を買い、入国証明書にささっと記載していた。

日本から最も近い外国は韓国だと言われているが、いくら釜山までフェリーで行ける距離に住んでいるからといって、東京の人が「今週末、どこに遊びに行こうか?原宿?銀座?ちょっと足をのばして横浜?」などと言うようには「釜山にでも行く?」ってことにはならないのではないか?まあ、実際のところは、釜山までフェリーで行ける距離に住んでいる人と面識がないのでよくわからないのだが。

とにかく、お気軽にマレーシアに行ってみた。料金は2ドルちょい。格安でしか海外に行ったことのない私にとってもこれは驚きの安さだ。

まずはトイレに行きたかったので、ショッピングセンターに入ってみた。

はっきりいってろくなものが売っていなかった。日本人の感覚からするとやけにださい。どうしてこのデザインにしたのかまったくわからない。なんというか、売っている服がどれもこれも1990年代風なのだ。

が、ださいばかりではない。こんなようなネットカフェもあるにはあった。



ものすごく開放的な、プライバシーはぢうなるんだ?という感じのネットカフェである。エッチな映像なんか絶対に見れないよな、これじゃあ。

マレーシアのこのショッピングセンターにはやたらとキャラクターショップが多く、中でも日本のキャラクターの人気は抜群だった。アトム、ドラえもん、ハローキティ、クレヨンしんちゃん。まる子とサザエさんの人気が海外でいまいちなのはあまりにも日本的で、色使いも地味めだからだろう。


こういう気持ちも悪いぬいぐるみというか、なんと言うか。



さまざまなキャラクターがごっちゃまぜ。

そして、トイレが汚い!シンガポールではそんなことなかったのに。ぼっとんではないのだが、一応水洗ではあるのだが……。席を立つとお情け程度に水は流れてくれるのだが。
だが、基本的には見てわかるように、自力でホースで流すのだ。くっさい、きったないホースは触るのも吐き気がするが、シンガポールの水なのか、食べ物のおかげなのか、汚い話、旅行中の出産はえらく大量だった。とくにこの、マレーシアのトイレでは。
だからうまいこと流れてくれないのだ。よりにもよってこんなところで……。

結局友人を待たせて、下手したら便秘だと思われてしまっただろう。



イスラム教の何かもあった。学生のような人たちもいたから学校なのだろうか?定かではないが。






こういうふうに、女性は頭に布というかターバンというかをかぶっている人が多かった。ショッピングセンターなんかでもかぶっている人&民族衣装の人がかっこういた。そもそもなんで女性は顔を隠すんだろう?宗教上の理由か?日差しをふせぐためでもあるのか?そもそも隠すのは顔なのか?髪の毛なのか?考えるときりがないので暇になったら調べよう。



道も広い。空もきれい。


海もきれい!




日差しがものすごく強くて、体中じりじりに焼けてしまった。

シンガポールもマレーシアも楽しかったなあ!



Monday, May 10, 2010

シンガポール日記2



















いきなり紀伊国屋と美味しんぼの画像からはじまった、シンガポール日記2ですが、あまり身勝手なことは書きすぎないように、なるべくわかりやすく観光スポットを紹介していこうと思う。

なぜなら、これからシンガポールに行こうと思っている人がたまたまこのブログを読んでいるかもしれない、と勝手に私が思っているからだ。

情報収集はネットで、よりリアルな情報収集はブログでする時代だ。私自身、シンガポールの情報はほとんどネットで調べ、他の人のブログにもだいぶお世話になった。

そんなわけで、今回書いたブログがほんの少しでもシンガポールに行く人の参考になったら感無量である。

たまにはこういうのも悪くない。

さて、ムトゥース・カリーは魚の頭のカレーで有名なインド料理屋だ。





これがそのカレー。



25シンガポールドルと、ちょっぴりお高めだが、量がとんでもなく多い。つるとんたんのうどんくらい大きな器の中に、つるとんたんのうどんよりずっとずっと多い中身が盛られている。

意味なくカレー屋の前に佇む私。ああ、ばからしい。

ところで、そのカレー屋は、リトルインディアというインド人街にあるのだが、本当にインドに迷いこんだかのようだった。ここに行ったおかげで、今回の旅行はシンガポールとマレーシアだけではなく、ついでにインドにも旅してきたようなお得感があった。

この写真だとわかりづらい。裏道だから仕方ないか。






この自動販売機のイラストはけっこうインドっぽい。



お土産にも数冊買い込んだインド雑誌。古本なのかなんだかわからないが、おそろしくぼろっちかった。


こんな寺院も。






本格的に祈りを捧げる人と、興味本位の観光客との対比がなんともいえなかった。

寺院のあとは怪しげなおもちゃ屋に入り、怪しげな物たちに目を楽しませてもらった。



今回の旅行では観光スポットにちゃんと行ってみたのが、いつもと違うところだった。とはいっても、マーライオンには行かなかったが。みんなみんな「がっかりするよ」と助言してくれたが、その人たちは私と友人がわざわざマーライオンを見に出向くと思ったのだろうか?

それはともかく、今回訪れた観光スポットの一つに、かの有名なラッフルズ・ホテルがある。


とりあえず、このバーに行って、

シンガポールスリングを飲んできた。

味はいいのだが、何しろぬるかった。そして、すご〜く濃かった。友人はテキーラ以上だと言っていた。

シンガポール・スリングは、どうやら飲みながらピーナッツをつまむことになっているらしく、私も実践してきた。ご覧のように、

ピーナッツの殻は、そのまま床に捨てる決まり(?)らしい。ごみを捨てたら罰金だという街とはずいぶん違うルールだ。

しかし、このピーナッツの殻は、捨てるのにはもったいないくらいの美味しさで、どうするべきか私はずいぶん困ってしまった。塩味がきいていて、香ばしくて、あんな美味しいピーナッツは、大げさではなく初めて食べた。

アルコールがまわって赤くなった顔と体を引っさげ、ナイトスポット、クラーク・キーへ。


なぜかグリコ風のポーズ。

お目当ては誰かのブログで紹介してあった病院バー。


車いすに座って、点滴みたいなカクテルを飲むのだ。


別に従業員がナース服や白衣を着ているわけではなかった。

秋葉原あたりにならあってもおかしくない気もするが、日本では道徳的にOKが出ないのだろう。

二人で一杯ずつ飲んで、会計は120シンガポールドル越えとアホみたいに高かったが、珍しい体験ができたのだから、それだけ払う価値がある。

観光熱は加熱し、翌日にはナイトサファリに行ってきた。


これ以上ないくらいの、観光スポットらしい観光スポットだった。




と、まあ、こんな感じでシンガポールをわかりやすく、いかにも素人の日記っぽく紹介してみました。

次はちょこっと行ったマレーシアを紹介します。