Tuesday, August 9, 2011

はた迷惑な愛国者





南仏の電車は独特だった。

車両内に落書きがあるのなんて当たり前なのだ。まったく、いつ書くのだろうか?

そうでなくともあちらは(特にニース)落書きが多い。

ごく普通の家の壁なんかにも落書きさせているのだから気の毒な話だ。

たとえば自分の家に「ちんぽこ」と落書きされたら、さすがの私でもショックを受けるに違いない。

落書きで汚れた車両には、変な人がよく似合う。

今回の旅行で遭遇した一番の変人は、何と言っても「国旗男」だ。

ヴィルフランシュ・シュル・メールのあたりで奴は乗り込んできた。子牛ほどはある、恐ろしく大きな犬を連れて。

私が乗った列車は、日本の普通電車のような横向きではなく、新幹線をうんとせまくしたようなシートで、通路を挟んで二人がけのシートが縦列に並んでいた。
その、狭い通路の真ん中に、子牛ほどの犬は我が物顔で横たわっていた。
飼い主の男は注意するどころか、まるでそこが犬の定位置であるかのように平然としている。
次の駅で降りるというのならまだいい。だが、彼らは降りる気配を見せず、おかげで犬の後ろにいる乗客たちにはこれ以上迷惑なこともない。

仕方なく、犬の横にいるおばあさんが、停車駅ごとにいちいち席を立つことになった。乗客たちは犬を踏まないように、おばあさんのいた場所に一度足を置くようにして通らなけばならないのだ。

一見するとその犬は可愛いので、私なんかは最初のうちは面白がっていた。

しかしよく見ると、その犬はだいぶ薄汚れていて、別に臭くはないのだが、良からぬ菌でも保有していそうなので、だんだん気味が悪くなってきて、そうなると当然可愛いとは思えなくなってくる。
たいていの場合、私は動物ならばどんな動物だって優しい気持ちで見守ることができるので、こういうな事態は非常に珍しい。

だが、別の車両に行くことはできなかった。
滅多に見られない光景についつい野次馬根性が働いてしまったのだ。

飼い主の男についてまだ触れていなかったが、犬以上にこの人はすごかった。

まず、着ているものと言えば裸にアメリカの国旗を巻きつけているだけ。下着をつけているかさえ微妙なところだった。愛国者なのかもしれないが、あれでは祖国の評判を悪くするだけだ。
髪型はイエス・キリストそのままだったが、慈悲深いところは欠片もみられなかった。

犬同様全体的に薄汚れていたのに、悪臭は放っていなかったのがせめてもの救いだ。

私はちょうどその男の斜め後ろにいたものだから、最初の何駅かはその得体の知れなさに「すみませんが」とも言えず、観察したい気もあって、気の毒なおばあさんが現れて、席を立てる状態になっても、その珍しい状況に身を任せていた。

そのせいで、目的地を大幅に通り過ぎてしまった。

まるで、不条理な小説の中に迷い込んだみたいだった。

あの時ほど、自分が「異邦人」であるという事実が身に染みたこともない。

ああ、私が怖いもの知らずだったなら!

そうであったなら写真を撮ることだってできたのに!




今となってみれば、いい思い出である。

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