Thursday, June 7, 2012

スーツケース女へのやっかみ




たとえばある日電車の中で、死体でも入っていそうな大きなスーツケースに、半ば体を隠れながら座る女の子を見かけたとする。

 彼女が一人でいたならば、「仕事で出張なのかな?」だとか、「ヘアメイクの人なのかな?」だとか、同情混じりの思いを巡らせることもできる。

だが、その女の子たちが二人組で、東京の空には似合わないリゾート着でいたりすると、真剣に観察する対象となるばかりか、敵対心を持つ対象にさえなってしまう。

さりげなく表情をチェックしてみると、地味な素顔でさも楽しげに笑っていたりする。あんな薄い眉毛なのに化粧もせず、そのくせ服装だけは派手だなんておかしい。

ただ一つ、これから飛行機に乗って南国へ行く場合を除いては。

 私なんてこれから仕事に行く身だというのに。あんなワンピースを着て常夏の日差しを浴びるのには、あとどれくらい過酷な労働時間に耐えなくてはならないのだろうか。

 私は可哀そうな人間だ。人の幸せを素直に喜べない。こみ上げてくる悔しさに、息苦しくなるほどなのだ。

 前向きなフレーズのステッカーを貼った、アメリカン・チェリーみたいに赤いスーツケースをこっそり開け、8kgくらいのダンベルを忍び込ませることができたなら。
 女たちはどう思うだろう?私が携帯の充電器をテレポーテーションして、出国前から帰宅させたとしたら。

 しかし、間もなく私は気がつく。 空港でダンベルを捨てることも、どこのショッピングセンターでも売っているスマートフォンの充電器を買うことも、考えてみると大した手間ではないのだと。

 それ以上に、彼女たちは新鮮な驚きに満ちた異国を満喫するはずだ。
  そんな相手には、もしも私に超能力があって、嫌がらせをしてみても、まったくの無駄に終るだろう。

 そこで私は、もっと前向きな妄想を試みる。 つまり、旅の記憶を呼び覚ますために彼女たちを利用するのだ。

 私の口はひとりでにほころび、肩が日焼けしてひりひりしているような錯覚にさえ陥る。 楽しかった記憶が、悔しさに打ち勝った。

 そして、私は心から願うのだ。彼女たちが、今はまだ期待と着替えばかり詰まったスーツケースに、たくさんのお土産と、がっかりというスパイスをわずかに効かせた思い出を詰め込んで帰国することを。 

ついでに、彼女たちでも他の人でもいいので、次の駅で誰かが席を立ち、疲れた体を休められるようにと、よりいっそう力をこめて願うのだ。




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