Sunday, April 29, 2012

ベルリン!

ベルリン来ている。

日曜日だけ日帰りでケルンに行こうかと思っていた。ミーハーにも程があるけれども、大聖堂は見ておきたかったのだ。
しかし、やっぱりこうやってベルリンに留まっている。留まってしまったのだ。

ベルリンがこんなに魅力的な街だったなんて……。

 第一印象は、正直あまりよくなかった。着いた初日はけっこう勢いのいい雨が降っていたし、最初に乗ったタクシーの運転手は強烈な体臭の持ち主だった。おまけに、最初に食べたパンがはがっかりするような味だった。 一時はどうなることかと思った。
まったく、心配しただけ損だった。

 ありとあらゆる人から「つまらないよ、あんな所。見るものなんて何もないよ」と言われていた。

みんなどうしてあんなことを言ったんだろうか?みんなベルリンに何を期待しては裏切られたのだろう? 中世の街並み?歴史的建造物? まあ、中世の街並みを見たいのならばもっと他の都市へ行ったほうがいいだろう。それはそれで美しい。でも、近代建築だって悪くはないじゃない。

 歴史はありすぎるくらいにあるだろう。だから近代的なんじゃないか。もっと戦争が慈悲深いものだったらこんなに近代的ではなかったかもしれない。

 都会は歴史が浅くてつまらないと言う人がよくいるが(彼らはアメリカ文学にも同じようなことを言いそうだ)私はこういう人たちとは気が合わないだろう。数十年前の出来事もまた歴史ではないのか?そこには無数の人々の無数の記憶が折り重なっている。そうやってできている。それを「つまらない」とは何事か。数十年しか経っていない歴史に重みがないのなら、同じく数十年の人間の人生もつまらないと言うのか?

 屁理屈を言ってしまった。 ぐたぐた言ってもはじまらない。
ベルリンはつまらなくなんかない。 少なくとも私にとっては最高に刺激的で、なおかつ優しさに溢れた素晴らしい街だ。

Sunday, April 22, 2012

加藤さんの人生について考える


その日は、いつにも増して平和な朝だった。

夜中に帰宅し、ゆっくりと湯船に浸かり、心ゆくまで脚のリンパ・マッサージをして、今日一日の疲れを癒した。

読みかけの小説のページをめくったり、ネットショッピングをしているうちに時は過ぎ、いつのまにか、世間一般の人たちが会社に向かう時間になっていた。

テレビからは平和そうなニュースが流れていた。バラエティ番組には嫌悪感さえ覚える私だが、NHKのニュースだけは特別だ。慌ただしい世の中の流れも、生真面目なアナウンサーから出る言葉だと苛立たずに聞くことができる。

話題は、スマートフォン用のダイエットアプリについてだった。食べたものの写真撮って送るだけで、栄養士が各人の食生活について事細かにアドバイスをしてくれるらしい。ユーザーは、ツイッターなどでくじけそうな心を励まし合うことができるらしい。

ふーん。私の反応はそのくらいのものだった。そもそもネットをやりながら流していただけだった。真剣に見てなどいなかった。が、その後で耳を疑うような言葉が飛び込んできたのだ。

「○○県に住むカトウタカさんは……」

何っ?

きっとこの番組を見ていた多くの人と同じように、私もパソコンの画面から目を離した。

ちょうどその前夜、勤務している飲食店で加藤鷹さんの来店イベントがあったばかりだった。
私は男ではないので、加藤さんがどれだけすごい教祖様なのか、実のところよくわかっていなかった。周囲の反応をみて、ようやくその偉大さがわかった。
どんな成人映像女優よりも、加藤さんに会った時、男性のテンションが上がることを目の当たりにしたからだ。

しかし、いくら驚異的な人気を誇る彼でもNHKに出演することなんてあるのだろうか?そう思ってテレビに目をやると、そこに写っていたのは、一般人の加藤孝さんだった。加藤さん人の良さそうな中年男性である。

な〜んだ。いったんはそんな風に思ったのだが、だんだん加藤孝さんが気になって仕方なくなった。

特殊なジャンルの有名人と同じ名前というのはいったいどんな気持ちなんだろう?二十数年前までは平和な人生だったに違いない。カリスマのほうの加藤さんが君臨してから、彼の人生は平凡なものではなくなってしまったのだろうか。
もっと当たり障りのない名前だったら……そんな風に自分の運命を恨んだこともあったかもしれない。反対に、おかげで人気者としての確固たる地位を築いたかもしれない。

病院やその他の場所で名前を呼ばれる時、呼ぶほうも含めてどんな気持ちなんpだろうか?

いずれにしても大変な人生を送っているに違いない。

だって、いろいろなことがうまそうでないと許されない名前なんだから。

ああ、まったく余計なお世話だよなあ。加藤孝さん、ごめんなさい。


Wednesday, April 18, 2012

おええっ



気持ちが悪い。胸に消化前の食べ物が引っかかっている。こんな状態で書くブログなのだから、きっとハチャメチャなことを書いてしまうに違いない。

久しぶりに許容範囲を超える飲酒をして、食べたものを逆流させてしまった。
とは言っても、飲んだのはシャンパン三杯だけ。年々酒に弱くなっている。まあ、金はかからなくていいんだけれど。

もちろんこんな自分が好きなわけがない。もっと酒に強かったらいいのに、としょっちゅう思う。楽しく酔いたいとは思わないが、吐きたくないとは真剣に思う。

嘔なんて大嫌いだ。確かにすっきりはするけれど、産みの苦しみに比べたらあの程度の爽快感なんてごみみたいなものだ。

喉は痛くなるし、吐き終わったら終わったで、今度は頭が痛くなる。ついでに体もだるくなる。肌も乾燥する。翌日、全開になった毛穴を見て、激しい後悔の念に襲われる。

嘔吐のうちでで一つだけ嫌いでないのは、胃から口へと戻ってきた食べ物たちに多少の愛着を感じることくらいだろうか。

あの感じはなかなかいい。

「おっ、わかめよ。胃の中で更に増えたな。うんうん、いい仕事しているじゃないか」

だとか、

「麺類!さっきはありがとう!うまかったよ。あんたのおかげで他の奴らもつるっと出てきてくれるんだよ。かわいい奴め。

だとか、

「なんだおまえは?アジの身みたいな風味だけれど、私はそんなもの食べていないよ。いったい誰?どこから来たんだ?」

だとか、

「いつ来るか?いつ来るか?シャンパンよ!まだか、まだか、まだか、まだ……むっ!来る、来る、おおおっ!来たよ!この酸味!早く出ておゆき!!」

だとか。

涙目になりながらも、そこだけは冷静な頭でそんなことを考える。

こんな実況中継はちょっと楽しい。

一度吐いた食べ物は、その後しばらく苦手になってしまうのは悲しい。だが、それはつまり吐く行為はあらゆる意味でダイエットにつながるということだ。

だけどやっぱり好んで吐きたいとは思わないなあ。

Monday, April 9, 2012

本日の画像たち 09/04/2012




























運命の石鹸

別に回し者でもなんでもないのだが、とってもいい石鹸を見つけたので語らせてもらいたい。

私は皮膚の薄いほうなので、洗顔はフォームではなく石鹸を愛用している。そのほうが少ない量で済むので、肌への負担が少なそうだからだ。

今洗面所にあるものは八個くらい。ストックも八個くらい。注文中のものが三つ。完全に使い切れませんな。

だけど、化粧品だって洋服や靴、それから読む本と同じように気分で選びたいのが本音だ。毎日同じものを使うなんて、飽きっぽい人間には苦痛以外の何ものでもない。いやいや行うスキンケアにそれほど効果があるとは思えない。効かせたいのなら楽しまなくちゃ。と、自分に言い訳をしてみる。

そうは言っても、どれだけ多くの化粧品を所有していたって、中でも頻繁に使うものが出て来るのは当たり前のこと。私にとって、テルメ ディ サルソマッジョーレの石鹸がそうであるように。






何やら長ったらしい名前だが、実はこれ、イタリアにある「世界一美しい」と言われている温泉の名前なのだ。








うーん、確かに美しい。これは行ってみたい。

だが、そんなに簡単に行けるものでもない。石鹸で気分を味わえれば、まあいいか。

この温泉の成分が素晴らしいのか、とにかくサルソマッジョーレの石鹸は肌がつるっつるのすべっすべになる。例えは悪いが、まるでシリコンか何かで膜をはったかのように。

洗いながら自分の肌を触っているのが気持ちよくてしょうがない。

何となく買ってみたのだが、これはきっと運命だったんだ(月に三度は言う台詞)。

匂いもなんだか懐かしい。炭と薬草が合わさった感じというか。「お習字」の授業を受けていた小学生の頃にタイムスリップできる匂いだ。もしくは、美人の書道家とでも言おうか。イタリアのものなのに和風なのだ。

残念なのは国内での価格。石鹸のくせに二千三百円もするのだ。

私はイギリスから取り寄せている。それだと6ポンドしないくらいなので、気軽に買える。イタリア価格だともっと安いのかもしれないが、言葉の面でもイギリスから取り寄せたほうが安心できる。発送もなんとなくだけれど、イタリアからだとゆっくりしていそうな気がする。

SOMETHING-ITALIAN.COMというサイトが送料も安くてよかった。

ああ、私ってだめな国民。ちっとも国内にお金を落としていないのだから。

仕方ないか。だって、けちなんだもの。

Friday, April 6, 2012

キングギドラになる前に



キングギドラになりたい。ヤマタノオロチではだめなのだ。あれでは顔が多すぎる。三つくらいがちょうどいい。今ある化粧品たちを消費するのには。

実は来年にでも短期留学をしようと思っていて、資金を貯めることにしたのだが、浪費しない生活なんて張り合いがない。新しいものを手に入れる快感がなければ働くことすら難しい。

だから、単価の安い化粧品にばかりお金をつぎ込んでいる。安物買いの銭失いとは私のことだ。まあ、それでも服やなんかを買うよりはずっと安く済むのだけれども。

基礎化粧品は百個くらいあるし、シートマスクなんて、数えてみたら342枚あった。

どうにかして使用期限が切れてしまう前に使ってしまいたい。けちで性格に恵まれなかった私だ。他人にあげるのは勿体なくてできそうにないから、自分一人で消費するしかない。

それなのに、まだ新しいシートマスクが欲しい。百枚くらい買ってしまいそうだ。

だからキングギドラになりたいのだ。顔が三つあれば、使用期限前に使い切れる。

そのままキングギドラでは不気味だし、スキンケアなんかしたって肌がきれいにはならないだろう。人間のままの姿で頭だけ三つあればいいのに。脳みそが三つあるといろいろ大変そうだから、脳みそは一つでいい。だが、どれか一つの頭にのみ脳みそがあるのは不公平だから、その場合は腹のあたりにあることにしよう。もちろん、私一人の頭が三つというのは許せない。基本的に生き物の頭は三つあることにしよう。

いいなあ、そんな世界だったらな。スキンケアはちょっと大変そうだけれど、好きなとこだから続けられるだろう。三つの顔はそれぞれ違う化粧品をつけると肌に合うものがわかっていいだろう。合わないものを使って荒れてしまった場合はマスクをしていればいい。

あ!だけど、問題が発生した。理屈をつければいくつでも問題はあるのだが、中でもこれは切実だ。

歯みがきにも三倍の時間をかけなくてはならないのだ。シャンプーにも。でないと臭くなってしまう。

これらは続けられる自信がない。私以外の人だってそうだろう。

鼻が三つもあるのに、今より臭い世界になってしまうのか!

無理だ。耐えられない。

やっぱり頭は一つでいいや。

Monday, April 2, 2012

アートナイトレポート



先週の話になってしまうが、今年も六本木アートナイトに行ってきた。初めて行ったのは2010年。昨年は震災の影響で残念ながら中止になってしまったので、今年は去年の分まで楽しんでこようと思っていた。


とはいっても、それほど時間があるわけではなかったので、ヒルズを中心に観てきました。


交差点近くのカーデルで買ったケバブをかじりながら歩いた道の楽しかったこと!


当然、人通りは多かった。面白かったのは、真面目そうな人たちがわんさかいたこと。制服姿の男子高校生なんかもいた。深夜の六本木を賑わす人々の普段とは違う顔ぶれに、「ああ、イベントなんだなあ」と実感。テンションの上がらないわけがない。


そうそう、震災後は深夜営業をしなくなってしまった青山ブックセンターも、この日は朝まで開いていた。


最初に目に飛び込んできたのは、『バナナ・リパブリック』前あたりでくるくる回転するカラフルなワニたち。








これはやたらと印象に残った。


続いて目に飛び込んできたのは暗闇に明滅するボタンの群れ。










それから巨大なコンバース。これ、私もまったく同じ靴を持っている。







ヒルズアリーナは草間彌生一色。思わずTwitterで「六本木自殺未遂」とつぶやいてしまった。彼女の著書『マンハッタン自殺未遂』をもじって。






しかし、タイミングが合わず、ステージを観ることはできなかった。悔しさに唇を噛みつつも、その日のメイン・イベントであるイ・ブル展に向かった。


なんと、この日は入館料が展望台とセットで千円ぽっきりなのだ!










ずっと行きたかったのよ。なんてラッキーなんだ。


すごく充実した内容で本当に得したと思う。写真を載せられないのが残念だ。


展望台には普段なら興味ないのだが、せっかくだから、煙と同類の馬鹿になったつもりで眠らない街を見下ろしてみた。















うーん、明るいねえ。ぎらぎらしているねえ。みんな働いているんだねえ。遅くまでご苦労様。


私はけっこう現実的な性格だ。こういう人は夜景を見るのには向いていない。


まあ、なんだかんだ言っても展望台は楽しかった。いる人間がとても面白かった。


世界は二人のもの、といった感じのカップルがいるすぐ横で、酔っぱらいが眠りこけている。しかも、そんな酔っぱらいが何人もいるのだ。酔ってはいなくても、疲れて座り込んでいる人も目立つ。


美術館内にもそういう人たちが何人もいた。


イ・ブル展と同時に「MAMプロジェクト016:ホー・ツーニェン」という展示会も開催されていたのだが、映像作品が上映されている部屋の中で真剣に鑑賞している人間は全体の三分の二くらいだった。残りの人たちは座り込んだり、気持ち良さそうに眠ったりと、それぞれのやり方で始発を待っていて、まるで早朝の六本木駅ホームのようだった。


こういう人たちは作品ではなく、ネットで話題のパンチラを拝みにきたのかもしれない。


イ・ブル展では、一部の床が鏡ばりになっており、ミニスカートで行こうものなら、見知らぬ他人に大サービスしてしまうことになるのだ。まあ、ミニスカートを穿かない私には関係のないことなのだが、世のお嬢さん方には大問題だろう。


そこで提案なのだが、イ・ブル展の入り口でズボンを売ったらどうだろうか?けっこうぼれると思う。


アートナイトの話をするつもりが、いつのまにかお下劣になってしまった。