Sunday, February 3, 2013

無題がふさわしい

人生が良からぬ方向に動き出したあの日、私の中に現れた私はこれまでとは異なった人間だった。事情を知っている方には大袈裟に聞こえるかもしれない。そう、誰にでも訪れることだ。しかし当事者にとってはあらゆることを変えてしまう大事件だったのだ。新しい私はそれほど強欲ではない。味の濃い食べ物と、品物ではなく多少の金銭があればそれなんりに満足できる小市民だった。

以前のように贅沢したいとは思わなくなった。欲しい物は相変わらず山のようにあるけれど、手に入れるにはあまりにも遠くて、アイドルに憧れる中学生のようにただ憧れ、眺めているだけだ。以前の私に「憧れ」という感情はなかった。一番近いのは「欲望」だった。

多くのことを諦めてしまった。ずっと楽に諦められるようになったからかもしれない。

こうやって何かを書くということも、できるにはできるけれど、以前のように自然な行為ではなくなってしまった。

悪い意味で大人びてしまった。萎んでしまった。日に日に私はつまらない人間になっていくのに、どうすることもできない。諦めるという行為が意外にも困難ではないことを知ってしまったから。

こういう人間になることにもメリットはある。お金がかからないことだ。収入が減ってしまったし、今の生活はそれなりに出費もかさむ。だが、道楽にかける支出が大幅に減ったので、貧乏になったにも関わらず貯蓄は確実に増えている。

ああ、なんて現実的な話だろうか。

そうだ。つまり私は現実的になってしまったのだ。

「青春時代」なんて私にはないのだと思っていたが、夢見がちで無鉄砲な人間でいられた去年の九月半ばまで、私はその時代の真っ只中で好き勝手生きていたのだ。

私には性欲の類いが無かったなら青春の中にいても実感がわかなかったのだろう。だが、他の欲望でいつも私はギラギラしていた。

今となっては遥か昔のようだ。



6 comments:

  1. 鈴木杏里が、楽しみです

    ReplyDelete
  2. 歳を重ねるに連れ現実的になりますよね。

    ReplyDelete
  3. なんだか大きく変わってしまわれたようですが、
    ボクが好きな部分(期待する部分)は変わっていない
    ようなので、なんだか安心ではあります。

    ReplyDelete
  4. その変化していく様に、すっごく興味があります。

    ReplyDelete